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2010年5月12日 (水)

ワトソンは女だった(1)

      レックス・スタウト 
   1941年  ベーカーストリート・イレギュラーズの定例集会にて

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 ガソジーン、タンタラス、ボタンズならびにイレギュラーズの諸君。
 恒例の「二番目のワトソン夫人に乾杯」には、私は参加を拒否いたします。これは良心の問題でありますから、ご容赦いただきたい。虚偽を末代にまで伝えるのは黙過できぬのであります。二番目のワトソン夫人なる者は存在しなかった。最初のワトソン夫人もいなかった。いや、ドクター・ワトソンがそもそも存在しなかったのであります。
 お平らかに。椅子から立たないで下さい。

 忠実な使徒として私も聖典を――俗人どもはシャーロック・ホームズ物語とも呼んでおるようでありますが、これをいつも読み返して記憶を新にしております。ところが最近また始めから終わりまで読んだところ、「夜の犬」を思い出させる奇妙な事実に気づいたのであります。夜の犬に関する奇妙な事実は、我々がよく知っているように、吠えなかったことであります。夜のホームズに関する奇妙な事実は、彼が寝るシーンがないことであります。物語の作者、ワトソンなる人物は、かの有名な高等下宿の生活のあらゆる細部について、夕食、朝食、家具の配置、雨の晩なども含めて、繰り返し詳しく説明しておるのであります。ところが、ホームズもワトソンも寝るところだけは一度として描かれていない。何故か? 日常茶飯事の一部について、一番楽しかるべき一齣なのに、何故これほどまでに不自然で頑固な抑制、いや隠蔽が必要なのか?
 怪しいのであります。
 ホームズが入れ歯だったとか、ワトソンがカツラだったなどという不快な可能性も頭に浮かびましたが、あまりにも馬鹿げていて受け入れられない。あまりに見え透いていて、何というか、不気味でなさ過ぎるでしょう。しかし、獲物がとびだしたので跡を追った。そして他のところでは駄目なので、結局聖典自体にあたることになった。まず取っかかりで、『緋色の研究』の9頁で、次のような一節を見つけました。(続く)

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