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2010年5月 5日 (水)

インド独立裏面史(10)

Indasubunmei
(どなたの作図ですか。お借りします)
 
 アーリア人が紀元前1500年ごろにインドに侵入して先住民を征服し、バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラの四身分からなるカースト制(厳密には「ヴァルナ制度)を作った――という歴史は、英国に都合がよかった。
 インドに来たアーリア人は、印欧系の言語を話しコーカソイド(白色人種)の特徴があった。英国のインド侵略は3000年後に同じことを繰り返したに過ぎない。インド人は我々に支配してもらってありがたいと思うべきだ。こちらもネルーのような上流のインド人にはそれなりの待遇をする――というのが英国の言い分だった。

Philip3

 ガンジーはヴァイシャ(平民)の出身で色も黒かったが、コーカソイドだった。母語はグジャラーティー語で、ヒンディー語やウルドゥー語などとともにインド・ヨーロッパ語族に属する。
 インド人は英国人に差別されたが、ビルマ人などのモンゴロイド(日本人もその仲間)とは扱いが微妙に違うところもあった。
 ガンジーがインド人のために戦い始めるのは、1893年23歳のときに南アフリカに渡って苛烈な人種差別を体験してからのことだ。それまではノンポリで、英国支配下で出世したいと思っていた。
 ガンジーは1888年に18歳で英国に留学して法律を学び1891年に法廷弁護士の資格を得て帰国した。

 ロンドンでは、しばらくの間、休暇旅行中にブライトンで会った老未亡人の家に日曜日に昼食に行っていた。彼は独身の振りをしていたので、未亡人は適齢期の若い女性たちをガンディーに紹介してくれた。やがてガンディーはそのうちの一人と日曜毎に二人きりになり、次第に事態が緊迫してきた。どうやら未亡人は、ガンディーが女性に求婚することを期待しているようだ。ガンディーは愕然とした。彼は未亡人に手紙を書いた。「インド人留学生は結婚していることを隠す者が多く、私もつい真似をしてしまいましたが、今では後悔しております。私はまだ子供のうちに結婚し、息子が一人あるのです」彼はもうお宅に伺うのは止めると言ったが、未亡人は聞き入れず、日曜日の昼食は続いた。(p.131)

「適齢期の若い女性」で、「あのガンジーさんとなら結婚を視野に入れておつきあいしてもいい」という人がいたらしい。相手がビルマ人や日本人ではこうは行かなかっただろう。

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