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2010年5月25日 (火)

ワトソンの資格(2)

 ワトソンは医師としてどういう資格を持っているか?
『緋色の研究』の記述が正しいとすると、ジョン・H・ワトソンは

 1878年(明治11年)にロンドン大学から医学博士の学位を取り、陸軍軍医のための課程を履修すべくネトリーのロイヤル・ヴィクトリア・ホスピタルに進んだ。

 Royalvic
   このネトリー病院は、ヴィクトリア女王の勧めで1856年に設立された。クリミア戦争(1854-56)の負傷者が悲惨な目にあったことが問題となり、イングランド南部の港町サウサンプトン市近郊のネトリーに軍事病院が設置されることになったのである。
 ワトソンはこの病院での研修を終えて、第五ノーサンバランド・フュージリア連隊に軍医補として配属された。当時同連隊はインドに駐留していたが、ワトソンが赴任する前に第二次アフガン戦争が勃発していた。1878年9月、アフガニスタンに派遣されたインド総督の使節がカイバル峠で阻止されたのが契機となって戦争が始まった。 
 ワトソンはボンベイに上陸し、カンダハルで連隊に追いつき直ちに任務についた。これが何年何月だったかは記録がない。しかし、ワトソンは着任後間もなくマイワンドの戦い(1880年7月3日)で負傷し後送された。

Kandahar_2

 マイワンドの戦いについては、別宮暖朗氏の研究がある。http://ww1.m78.com/topix-2/secondafganwar%20maiwand.html
 上図は別宮氏の同サイトより。

 ワトソンは臨時に第66バークシャー連隊に配属されていたため、バロウズ准将指揮下の2566名の分遣隊の一員として「凶暴な回教兵」の攻撃に晒されたのだった。ワトソンはジザイル銃弾で肩を負傷したが、勇敢な従卒のマレーが彼を助けてくれたのだった。

『瀕死の探偵』の事件は、ベアリング=グールドの考証によれば1887年のことであるという。
 この事件の当時、医師ワトソンの「資格」は

・医学博士
・元陸軍軍医補
・開業医

 というところだ。「そこそこの資格」?

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