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2010年5月19日 (水)

ワトソンは女だった(7)

 まず名前ですが、ホームズ自身が用いた通りの方法で推理を進めてみましょう。不滅の物語の筆者はワトソンであります。したがって、ワトソンが自分の名前の手掛かりを残しているとすれば、それは物語の中にあるはずです。我々の求めているのは彼女の性格などではなく、名前、すなわち何と呼ばれたかであります。だから物語が何と呼ばれたか、すなわち題名を見ればよろしい。
 物語は全部で60あります。まずこの60篇を時間順に並べて1番から60番まで番号をつけます。それから何番を最初に取り上げるかを考えましょう。

 ワトソンがこの60の題名群の中に苦心して自分の名前を隠そうとしたのは、我々読者を神秘で惑わそうとしたからです。したがって、まず取り上げるべきは神秘の数、すなわち7であります。さらに確実を期してこの7を自乗します。七七、四十九で、49番目の物語は The Adventure of the Illustrious Clientであります。もちろん最初の4語 "The Adventure of the"は、たいていの話に共通ですから省いてよろしい。残りはILLUSTRIOUS CLIENT

 ワトソンについて次に重要なことは何か。起こったことをそのまま正確に語っているのだ、と読者に信じさせたがっていることです。すなわち話はsquare(まっとう)であると言いたがっているのです。それでは最小のsquareな数(平方数)は何か? 4ですね。4番目の物語の題名から得られるのは RED-HEADED LEAGUE

 続いて消去法を用いましょう。人が何かをして成功する、その成功に寄与するファクターのうち、ホームズがいつも度外視した、消去したのは何か? Luck(幸運)であります。賭け事でlucky numbers(ラッキーナンバー)は何か? 7と11ですが、7はもう使ったので除外すると、11が残ります。11番目の物語は ENGINEER'S THUMB

 次に、ベイカー街に住み始めたときのホームズの年齢は? 27歳でした。27番目の物語はNORWOOD BUILDERの冒険だった。ワトソンの年齢は? 26歳。26番目の物語はEMPTY HOUSEの冒険だ。
 この先は、分かりきったことをくどくど説明する必要はないでしょう。ホームズがひとたび手掛かりを得れば踊る人形の暗号を簡単に解読したように、私が方法を説明しましたから、みなさんもご自分でさらに必要な取捨選択を行えるはずです。結果は必ずや次のようになるはずです。

Illustrious Client
Red-headed League
Engineer's Thumb
Norwood Builder
Empty House

Wisteria Lodge
Abbey Grange
Twisted Lip
Study in Scarlet
Orange Pips
Noble Bachelor

 これをどう解読するか。簡単であります。もちろん折句であります。
 むかしの日本に「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて旅の心をよめ」と言われて

からごろも 着つつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ

 とよんだという話がありました。あれと同じですw。

 縦に頭文字を続けて読めば、彼女の名前がIrene Watsonだったと分かります。

 しかし慌てる乞食は貰いが少ない。この結果をチェックする方法があるか。彼女の名前を別の方法で、アプリオリに発見できないか。やってみましょう。シャーロック・ホームズの物語を書いたのは女であることは証明済みです。その女はホームズの妻であった。ホームズ物語の中に彼が一目置いた女、惚れ込んだ女が登場するだろうか。もちろん登場する。『ボヘミアの醜聞』の書き出しは、

「シャーロック・ホームズにとって、彼女は常に「あの女」である。……ホームズの眼から見ると、彼女は女性全体を顔色なからしめ圧倒する存在である」

「あの女」の名前は Ireneだったのだ!

 しかしIrene WatsonではなくてIrene Adlerだったと言われますか? 
 しかし、ワトソンなる女の意図は、徹頭徹尾、自分の正体について読者を混乱させ欺くことでありました。苗字をよく見てください。Adlerとは何か。ふつうは addlerと綴ります。Addlerとはaddleする者、すなわち人の頭を混乱させる者であります。見事な手際です。ホームズにふさわしい。我々読者を混乱させ欺きながら、彼女は大胆にも自分の意図を吹聴するような苗字を使って見せたのです。

 この『ボヘミアの醜聞』のアイリーンは、語り手によればホームズにとって「あの女」であったというのですが、彼女についてはさらに興味深い傍証があります。すなわち、彼女がエッジウェア・ロードの聖モニカ教会で結婚式を挙げたとき、まさにホームズがその場にいたことであります。彼は証人だったと書いてありますが、これまったくのナンセンスであります。ホームズ自身が言っているではありませんか。
「僕は祭壇の前へ引きずって行かれ、自分でも何だかよく分からないうちに返答をつぶやいていた」
 これはもちろん証人なんてものじゃない。渋々ながら籠絡され同意させられた男であります。要するに新郎であります。聖典の全1323頁を見ても、ホームズ自身が出席した結婚式はこれだけであります。

 以上、簡略ながら述べてまいりましたが、この問題につきましては、更に論考を加え証拠を十分に検討し不可避の結論を出すべく資料を集めております。これが完成すれば2巻本になるはずであります。第2巻においては、二人の長きにわたる結婚生活――幸福な生活とは言い切れないのが遺憾でありますが、その具体的な結果について考察をいたします。たとえば、ピーター・ウィムジー卿は、世紀の変わり目辺り、『第二の汚点』が出たころに生まれたはずでありますが、その両親はどうなっているか。これなどは検討に値する問題であるかと存じます。

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