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2010年8月16日 (月)

サンドウのトレーニング

ホームズ「あの側卓の下にあるものは、あれはなんです?」
執事「旦那さまのダンベルでございます」
ホ「うむ、一つしかないね。もう一つはどこにあります?」
執「存じませんです。初めからこれ一つだけなのかも知れません。久しいまえから、いっこう気がつきませんでした」
ホ「うむ。片っ方しかしかないダンベルね……」
(延原謙訳による)

 もちろん『恐怖の谷』ですね。これは1914年(大正3年)から翌年にかけてストランドマガジンに連載された。事件そのものは1888年(明治21年)のことらしい。
 ダンベルが片っ方しかないことが手掛かりになるのでした。しかし片方だけでは変だけれども、1セットだけというのは普通のことだったらしい。何キロのダンベルだったのだろう?
 ユージン・サンドウという人はボディビルの元祖だという話だったから、彼の著書が復刻されているのを買ってのぞいてみた。

 この本にはコナン・ドイルが序文を書いている。しかし「ボディビルの元祖」はちょっと違うのではないか? ボディビルやウェイトトレーニングの原則は、軽い重量から始めて徐々に使用重量を増やして行くことだ。私だってむかしは100キロ以上のバーベルを使っていた。ところがこの本に書いてあるのは、小さなダンベル1セットを使う運動だけだ。ユージン・サンドウが勧めて長塚節やコナン・ドイルやパールストン荘のダグラスが行ったのは、「ダンベル体操」と呼んだ方がよいだろう。

Eugen_sandow212

 サンドウはダンベル体操を普及させて日本人の健康増進にまで寄与したけれども、自身の怪力養成にはまた別のトレーニングをしたのだろう。

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