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2010年8月15日 (日)

サンドウの来日?

Eugensandow2

 ユージン・サンドウ(1867―1925)。ボディビルとウェイトトレーニングの先駆者であるが、現代とはやはり少々感覚が違う。イチジクの葉っぱは今から見るとへんてこりんだ。体形はこれくらいが自然でよろしいと思う。(現代のボディビルダーは広背筋と大胸筋を過剰発達させてウェストを絞った逆三角形の体を作ろうとする。)

 前にコナン・ドイルとの関係でサンドウのことを書いたら、カナダ留学中の学生の方から、サンドウが1905年(明治38)年の春か夏に来日したかも知れないという話がある――という情報をいただいた。
 サンドウが本当に来日したかどうか? 来日はしてないように思う。日本に来たのなら、当時の体育界のボス嘉納治五郎と接触があるはずだ。相撲取とどちらが強いか力比べなどをして話題になったはずだ。しかしひょっとすると来ているかも知れない。どなたかご存じの方はご教示ください。
 日本に来たかどうかはともかく、サンドウのダンベル運動は世界的なブームになっていたらしく、正岡子規(1867―1902)の『病床六尺』にも「サンダウの亜鈴」の話が出てくる。『病床六尺』は子規の死去の年の1902年(明治35年)の五月から九月まで日本新聞に連載された。
 左千夫は伊藤左千夫、節は長塚節である。

〇左千夫いふ柿本人麻呂は必ず肥えたる人にてありしならむ。その歌の大きくして逼らぬ処を見るに決して神経的痩せギスの作とは思われずと。節いふ余は人麻呂は必ず痩せたる人にてありしならむと思う。その歌の悲壮なるを見て知るべしと。けだし左千夫は肥えたる人にして節は痩せたる人なり。他人のことも善き事は自分の身に引き比べて同じやうに思ひなすこと人の常なりと覚ゆ。かく言ひ争へる内左千夫はなほ自説を主張して必ずその肥えたる由を言へるに対して、節は人麻呂は痩せたる人に相違なけれどもその骨格に至りては強く逞しき人ならむと思ふなりといふ。余はこれを聞きて思はず失笑せり。けだし節は肉落ち身痩せたりといへども毎日サンダウの亜鈴を振りて勉めて運動を為すがためにその骨格は発達して腕力は普通の人に勝りて強しとなむ。 さればにや人麻呂をもまたかくの如き人ならむと己れに引き合せて想像したるなるべし。人間はどこまでも自己を標準として他に及ぼすものか。(五月十三日)

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