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2010年9月16日 (木)

嘉納治五郎対シャーロック・ホームズ(1)

 嘉納治五郎(1860―1938)とシャーロック・ホームズ(1854―)の関係を示す資料を見つけた。嘉納治五郎が英国または欧州の他の国でホームズに柔術を教えた――というのである。
 シャーロック・ホームズは1891年(明治24年)5月4日にライヘンバッハの断崖上でバリツすなわち柔術を使ってモリアーティ教授の魔手を逃れ得たのだった。一部ではウィリアム・バートン=ライトの「バーティツ」こそバリツの正体であるとする説が行われている。しかし、バートン=ライトが日本から帰国したのは1898年、谷幸雄等を招いて本格的に柔術の教授を始めさせたのは1900年である。 
 嘉納治五郎は1889年から1890年末まで初の外遊をしているから、彼がホームズに教えたという可能性は絶無とは言えないのである。
 しかし嘉納治五郎の書いたものなどを調べてみても、たとえば
「明治22年(1889年)の洋行は官命を帯びて欧州教育事情の視察に出かけたのであるから、これに専念したことは言うまでもない。しかし余暇が全くなかった訳ではなく、体調を整えるための運動は欠かさなかった。一人稽古はなかなか退屈なものであるが、幸いにも柔道を学びたいという奇特な英人某氏(本人の希望により匿名とする)が現れたので、これを相手にして……」
 というような記述は見当たらなかった。
 したがって、ホームズ側の資料の信憑性をチェックする手立てがないのであるが、英国バリツ協会のサイトに

・シャーロック・ホームズのマイクロフト宛て書簡(日本式レスリングについて)
・ホームズの日記に記された嘉納治五郎会見記

 などが紹介されているので、ともかくこれを見ておこう。
  下の写真、右側の青年がシャーロック・ホームズ、ではない。ホームズは嘉納より年上なのだ。(続く)

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NHBニュース( http://blog.livedoor.jp/nhbnews/ )とダブルポストです 嘉納治五郎が19世紀末に渡欧、滞英したという歴史的事実や、ホームズ物語の格闘場面などをうまくリミックスし、柔道の海外発展やイギリスの古い格闘術の知識を分かりやすく説く、面白い読物になって... [続きを読む]

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