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2010年9月17日 (金)

嘉納治五郎対シャーロック・ホームズ(2)

 英国バリツ協会のサイトは
http://www.bartitsu.org/index.php/the-bartitsu-legacy/sherlock-holmes-and-bartitsu-part-one/
である。直接英語で読みたい人は見てください。
  原文は少々冗長なので、ここでは縮約版を載せることにする。

 ホームズと嘉納治五郎の関係について述べているのは、マイケル・バートラム・ウースターという人の手記である。彼の祖父が第9代準男爵サー・ヘンリー・セントジョン・メリヴェイル(1871―1965)であったが、彼は第1次世界大戦前に英国の防諜組織を作った。このサー・ヘンリーが外務省の高官であったマイクロフト・ホームズと仕事上のつながりがあり、例のディオゲネス・クラブのメンバーでもあったからかなり親しかった。その縁で孫のウースター氏はパリのヴェルネ財団にあるホームズ家関係資料にアクセスできたのだという。
 ウースター氏によれば
 ホームズはスポーツマンであり、シングルスティック(棒術ではない。木刀術あるいは応用面に着目して「ステッキ術」)、ボクシング、フェンシングに秀でていた。
 子供時代はヨークシャーで過ごしたが、ここでアイルランド伝統の棍棒術であるBataireachtを教わった。どう発音するのだろう? これを教えてくれたのはアイルランド人の幾何学教師で名前はモリアーティといった。

 ホームズは特にボクシングに生まれつきともいえる才能があった。大人になってからも「肉屋小僧」の異名を取ったウォルター・マクマードというプロボクサーの引退記念試合で3ラウンドのエキシビションの相手になったほどである。マクマードはこのときのアマチュア・ボクサーのライトクロスが強烈だったことをよく覚えていた。4年後に偶然再会したときは
「あたら才能を無駄にしたねえ、旦那。プロになってたらいいとこまで行ったのに」
と言った。これはお世辞ではなかった。また別の機会には左ストレート一発で乱暴な相手をのしてしまった。

Soli03

 ホームズはボクシングには自信があったから、護身術としてはこれで十分と思っていた。ところがその自信を揺るがせるようなできごとが起きて、ホームズはマーシャルアーツに関心を持つようになったのである。

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