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2010年9月29日 (水)

嘉納治五郎対シャーロック・ホームズ(6)

 ホームズは佐藤センセイから嘉納治五郎のことを聞いてぜひ会いたいと思った。ストランド街のレストラン「シンプソンズ」での会見の様子をホームズは日記にこう書いている。

 立ちあがって挨拶した男はまだ若かった。28歳くらいだろう。身嗜みがよく挙措は上品で控えめだ。身長は低い方で、髪は黒く大きな口ひげを生やしている。
 レスラーやボクサー特有の身体的特徴はほとんどない。鼻がつぶれてもいないし耳がカリフラワーになってもいない。顔の左右対称が崩れてはいないし拳が肥大しているわけでもない。しかし手首は非常に太く下腿三頭筋がよく発達してズボンはふくらはぎのあたりで張りつめている。

Jigorokano

 スーツと山高帽は新しかった。スーツは英国仕立てだ。私の間違いでなければサヴィルローのジーブズ&ホークスで作ったものだ。肘がすり切れたりズボンの膝が出たりはしていない。山高帽を脱ぐと(右手を使った)、内側のバンドにGustave de Rubempre, Milliner, 27 rue de la Tour, Marseillesとあるのが見えた。靴もフランス製だったが傷一つなく新品のようだ。
 握手をするとマルセイユ石鹸の匂いがかすかにした。握手は驚くほど強くしっかりしている。爪は短く整えてあり変色や変形やひび割れはない。
「すこし前までマルセイユにご滞在でしたね」と言ってやると、やはり驚いたようだ。

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コメント

小林 司氏(こばやし・つかさ=精神科医、日本シャーロック・ホームズ・クラブ主宰)27日午前2時37分、骨髄異形成症候群のため東京都杉並区の病院で死去、81歳。青森県出身。葬儀・告別式は親族で済ませた。喪主は作家の妻東山あかね(ひがしやま・あかね、本名小林洋子=こばやし・ようこ)さん。

77年にホームズ愛好家の交流団体「日本シャーロック・ホームズ・クラブ」を設立。夫妻共著で「シャーロック・ホームズの醜聞」など関連書を多数出した。メンタル・ヘルス国際情報センター所長、日本エスペラント学会顧問。

投稿: ひどく悲しい話 | 2010年10月 2日 (土) 00時40分

かけちがってお目にかかったことはありませんが、惜しい人を亡くしました。クラブはどうなりますか。ご冥福をお祈りします。

投稿: 三十郎 | 2010年10月 2日 (土) 05時49分

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» [読書]ホームズ・クラブ主催の小林司氏が先月亡くなっていた [見えない道場本舗-実現熱望!小見川vs青木]
上のエントリをまとめていたら、見落としていたコメント欄が目にとまった・・・ 小林司氏(こばやし・つかさ=精神科医、日本シャーロック・ホームズ・クラブ主宰)27日午前2時37分、骨髄異形成症候群のため東京都杉並区の病院で死去、81歳。青森県出身。葬儀・告別... [続きを読む]

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