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2010年11月 8日 (月)

六つのナポレオンの不思議(2)

 ベッポの苗字をめぐる話には少々おかしなところがあると思う。
 しかし、ワトソンのとんでもない間違いだ、絶対あり得ない話だ――とは必ずしも言えないようだ。むかしの出入国管理はかなりいい加減だったのだ。
 100年以上前のヨーロッパではパスポートは不要だった。 
 パスポートの歴史を簡単にウィキペディア英語版Passportで見ておこう。

 19世紀中葉に欧州では鉄道旅行が急速に拡大したため19世紀初めのパスポート制度は崩壊した。列車の速度上昇と国境を越える旅客数の増大によりパスポート法の施行が困難になったのである。これによってパスポート要件は緩和された。19世紀後半から第1次世界大戦までの間、ヨーロッパ域内の旅行にはふつうパスポートは必要とされず、国境を越えることは簡単であった。

 そう言えば、ホームズもワトソンもスイスなりフランスなりに出かけるのに何も書類の準備などしなかったようだ。1891年4月24日、久しぶりにワトソンを訪ねてきたホームズは、明日から僕と一緒にスイスへ行かないかと言った。いいとも。翌日の朝、ヴィクトリア駅まで行く方法にはずいぶん気を遣った。しかしモリアーティに気づかれたので、カンタベリーで途中下車して追いかけてくる敵をやり過ごしたのだった。

Fina06

 これではまるでこっちが悪者みたいじゃないか。そう言えば、ホームズとワトソンが別に出入国手続などしなかったのはいいとして、モリアーティ教授やセバスチャン・モラン大佐も大手を振って出国できたらしい。モリアーティ一味を一網打尽にすべく網が張られていたはずだけれど、手抜かりがあったのか。二人とも逮捕状は出ていなかったのか。
 イタリア人の殺し屋やモリアーティやセバスチャン・モランなどが自由に横行できたのにはどういう法律の穴があったのか、あるいは調べれば分かるかも知れない。
 ともかく、むかしはパスポートが不要で出入国管理は緩かった。第一次世界大戦前にフォン・ボルクを首魁とするドイツのスパイ網がはびこったのもそのためだ。
 それでは困るから、戦後は各国とも統制を厳しくして、だんだんと現代のような出入国管理制度を導入するようになったのだ。

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