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2010年11月 1日 (月)

レスリングのスタイル

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 昔からイングランドのレスリングには二つの中心があり、南部ではデボンシャー・コーンウォール・スタイルが、北部ではカンバーランド・ウェストモーランド・スタイルが行われたという。カンバーランドとウェストモーランドは現在はカンブリア州に統合されている。

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 カンバーランド・ウェストモーランド・スタイルは右四つに組み合った状態からはじめ、先に倒れるかクラッチしている手を離した方が負けというルールである。このスタイルのレスリングは今でもある程度行われているようだ。
 相手の背中で両手をクラッチするという組み手は、グレコローマンスタイルでも用いられる。嘉納治五郎が帰国船中でロシア人士官を投げたときも、「彼の士官は自分の背中に両手を組み合わせ、右に左にねじ倒そうとした」というのだから、同じ形に組んだのだろう。→嘉納治五郎の柔術
 http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-665d.html

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 ランカシアはカンブリアのすぐ南の州である。このランカシアで行われていたのが、ランカシア・レスリングすなわちキャッチ・アズ・キャッチ・キャンすなわちフリースタイル・レスリングである――というのが英語で書いてあるレスリングの歴史に共通した記述だ。

 キャッチ・アズ・キャッチ・キャンにも昔は関節技によるサブミッションがあった? 何年何月何日に誰対誰のどういう試合で何という技で勝敗が決まったのか? ボクシングには具体的な記録がある。「サブミッションありのキャッチ・アズ・キャッチ・キャン」の試合の記録はないのだろうか?
  谷幸雄がランカシアのキャッチ・レスラーと戦い、相手はサブミッション技を知らないので楽勝したという記録はたくさんある。また谷がレスリングのライト級チャンピオンとキャッチ・アズ・キャッチ・キャン・スタイル(サブミッションなし)で戦い、ピンフォールを二度奪って勝ったという記録もある。

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コメント

ちょっとご無沙汰でした。いつも興味深く読ませていただいています。
シロウト考えですけど単純にピンフォールがカウント1なら、関節技でのギブアップは両立しないと思うんですよね。少なくともその制約があったら関節技の技術は進化していかないのではないかと。関節技自体は相手の動きをコントロールするために必要なので、相撲にカンヌキがあるように、技術的にはあってしかるべきかと思います。
逆にピンフォールのない、ギブアップを取る事だけをを争う競技はなかったのかな~とか思いますね。
前にも書かせてもらいましたが、関節技をある程度知っているうえである程度の体格差があれば、よっぽどの技術の差がなければレスリングの技術をそれなりに持っている以上、楽勝されるというのは考えにくいですよね。

投稿: タカハシ | 2010年11月 1日 (月) 12時46分

なるほど、フォールのための(サブミッション用ではない)関節技はあったでしょうね。ネルソンのような技や足首を取って相手の体を裏返す技など。
谷幸雄が大きな相手に楽勝していたのは、相手がサブミッション用の関節技をまったくorほとんど知らなかったからですかね。今みたいに誰でもある程度心得ている時代では難しいか。

投稿: 三十郎 | 2010年11月 1日 (月) 12時59分

ギブアップを奪うとかでなくともスパーリングでいいポジションを取ったら、嫌がらせやイタズラででも関節をひねり上げてやるというのはありそうなものですよね。そこから技術的にある程度発達していく事もあるだろうから、関節技が全くなかったとは考えにくいと思っています。ただレスラーとしてある程度の関節技のたしなみがあっても、彼らが主にやっていたキャッチ・アズ・キャッチ・キャンのルールで認められていたかというのは、また別の話になると思っています。極端な例を挙げるなら、空手で顔面パンチや眼つぶし、急所蹴りを護身の一環として習っても、実際の試合では当たり前ですけど認められていないわけで。

投稿: タカハシ | 2010年11月 2日 (火) 00時05分

関節技が危険という事で禁じられ、そこから技術的に衰退していったという話について疑問なのは、練習への取り組み方についての考え方の違いと言われればそれまでですけど、技術の差がある相手に対しても、相手に必要以上のダメージを与えないようにコントロールできるのは打撃系よりも組技系だろうという自分なりの経験則があるのが第一。
格闘技をやってる人たちが「危険だからやめよう」と言う人が出てきたところで、それまで必死で練習してきた事を「そうしよう、そうしよう」と簡単に同意するかというのも疑問です。

投稿: タカハシ | 2010年11月 2日 (火) 00時11分

「柔術とCACCにおける関節技をめぐる関係は、全てを与える親子の関係ではなく技術を互いに分かち合う兄弟の関係」という言葉があるそうですけど、「全てを与える親子の関係」ではなく、「(サブミットさせる)使い方を教えた親子の関係」であり、「子供から新しい視点となる技術を学ぶ事もあった」くらいだと自分の中では辻褄が合います。

投稿: | 2010年11月 2日 (火) 00時14分

納得できる考え方です。タカハシさんの推定が正しいかどうか検証する責任はプロレス研究家たちの側にあると思う。
プロレス関係者には「歴史をきちんと書こう」という姿勢がない。ボクシングならば何年にどういうルールが決まった、何年何月に誰対誰の試合があったというきちんとした記録がある。相撲でも柔術でも同じだ。ボクシングのクィンズベリー・ルールは1867年に制定されたので、調べれば何月何日まで分かるはずだ。那嵯涼介氏の言うように「1865年から70年頃にかけて試合の危険技の使用が禁止された」という曖昧な話ではない。(私が「65年から70年まで5年間禁止された」と誤読したのも無理はないので、重要なルールなのに何年か特定できないなんて変だ。)
那嵯氏の言う1940年代初頭に「スネークピットジム」が開設されたという話も変だ。「講道館は明治10年代にできた」などと言うか? それに40年代初頭なら英国は戦争で大変な時期で、プロレスのジムなんか開いている場合かというのが常識。そういうことをちゃんと調べないのがよくない。

投稿: 三十郎 | 2010年11月 2日 (火) 05時06分

ちょっと間が空いてしまいました。あくまで自分の半径数メートルの話ですけど(笑)、プロレスファンは完璧な答えを求めているわけではないようにも思います。プロレス研究家の方たちからしたら「一緒にするな!」と怒られそうですけど(笑)。
自分の上記コメントについて書いていくなら、自分がポジショニングを重視する柔術を学んでいるから、ピンフォールと関節技が共存する技術体系を理解できないだけなのかも知れないし、谷もポケット・ヘラクレスの名の通り、ヘビー級以上の腕力を持っていたからこその体格差を超えた勝利だったのかも知れない。関節技の使用をいっせいにレスラーたちが辞めてしまったのは、同意せざるを得ないほどの悲劇的な事故があったからなのかも知れないし、そもそも研究家の方たちがそれらの疑問に行きつかないというのこそおかしいので、それらすべての疑問に納得できる答えのある資料をただ出していないだけなのかもしれないです。
三十郎さんの仮説も、これまで入手できた資料からの推論として出したもので、残念ながら那嵯さんからの回答というか反論はまだ読むことはできていません。それもいつかGスピリッツ誌ででも読ませてもらえるなら嬉しいのですが。

投稿: タカハシ | 2010年11月10日 (水) 21時37分

ほんとに那嵯さんもGスピリッツでもブログでもいいから書いて欲しいですね。

投稿: 三十郎 | 2010年11月10日 (水) 22時19分

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