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2010年12月 9日 (木)

ワトソン博士伝(1)

     S・C・ロバーツ

「いかなる現象においても始原こそが最も重要である。同様に、いかなる偉人についても、いかなる状況下で地上に生を享けたか、いかにして世に出たか、これを完全に明らかにするまでは(そのような試みが学術に資するか否かにかかわらず)、我々は心安んずることができぬのである」
 トマス・カーライルの言葉である。その浩瀚な著作からの引用をドクター・ワトソンが口にしたことはよく知られている。しかし、ワトソンが地上に生を享けた状況を明らかにすることは、ボズウェルにもむつかしかろう。ボズウェルがロンドン中を走り回りベイカー街を五十往復したとしても、ほとんど成果はないだろう。若年のワトソンを語ってくれる友人や親戚がいるだろうか。学校時代の話ならば「おたまじゃくし」フェルプスが少しは知っているかもしれない。スタンフォード青年はハーレー街に診療所を構えているか田舎に引っ込んでいるか。彼をつかまえれば聖バーソロミュー病院時代のワトソンを語ってくれるだろうか。彼の兄のことはできれば知られたくない一家の秘密だった。最初の妻は結婚後5年か6年して亡くなったらしい。ホームズならば多くを推知できただろうが、あの有名な五十ギニーの懐中時計の挿話を除いて、彼はワトソンの私事にはあまり関わらなかった。若年のワトソンの姿ははとらえがたいのである。「データだ。データがなければ」とホームズは言うだろうか。
 ワトソンがロンドン大学で博士号を得たのが1878年であるから、彼が1852年に生まれたことはほぼ確実である。
 どこで生まれたのかはよく分からない。ロンドン子であったようにも見えなくはない。彼の書いたものからは、彼が大都会ロンドンの提供する匿名性を好んでいたことがうかがえる。ベイカー街、地下鉄、二輪馬車、トルコ風呂、十一月の霧――ワトソンの生活はこういうものから成り立っていたと言えるくらいだ。しかし……

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