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2010年12月14日 (火)

ワトソン博士伝(3)

 ワトソンの書いたものを読めば誰でも気づくのは母親の奇妙な取り扱いである。(「取り扱いも何も、ワトソンは母親のことは一言も口にしていないぞ」と言われるか? ホームズなら「それが奇妙な取り扱いです」と答えるだろう。)これはもちろんワトソン夫人が早くに、おそらく次男を産んでまもなく亡くなったからだろう。彼女はオックスフォード運動に傾倒する敬虔な女性であったので、死の床で夫に最後の願いをこう述べたのではないか――この子の名前はあの偉大なニューマンにあやかってジョン・ヘンリーとつけてください。[ジョン・H・ワトソンのHはHenryだったという説ですね。これに対してオカシイと異議を唱えたのがドロシー・セイヤーズ女史。「ドクター・ワトソンのクリスチャンネーム」参照。http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_b26f.html

 

  妻のいない寂しい家の暮しに耐えられなくなったワトソン(父)は息子たちを連れてオーストラリアに渡った。バララット近辺で金を掘り当てたのか、何かほかの投機に成功したのか、いずれにせよ彼が金持ちになったことは明らかだ。ワトソンの性格にはオーストラリア育ちらしい特徴がずいぶんある。彼はたくましい常識家で、冷静で、ダートムアなどの厳しい環境にも容易に適応できる。これは植民地生活で心身共に鍛えられたからに違いない。後にロンドン子になったけれども、ワトソンはいざとなればいつでもポケットに拳銃を入れて魔犬にも殺人犯にも平気で立ち向かったので、その勇気は着実で地味だった。しかし、ワトソンの少年時代の話であった。彼がイングランドのパブリックスクールで学んだことは疑い得ない。親友の一人がパーシー・フェルプスで、彼は大秀才だったので、ケンブリッジで華々しい成績をあげて外務省に入ったのだった。フェルプスは大変な名門の出であった。「我々はまだ子供だったが、彼の母方の伯父が有名な保守党政治家のホールドハースト卿だということは知っていた」とワトソンは書いている。しかしワトソンは植民地育ちらしく学童にもある俗物根性とは無縁で、フェルプスの偉い親戚のことなど気にもとめなかった。ほかの生徒も似たようなもので、フェルプスは「おたまじゃくし」という芳しからざるあだ名をつけられ、運動場で彼を追い回してクリケットの柱で脛をひっぱたくのが痛快な遊びだとされていた。ここでは「運動場」にplay-fieldではなくplay-groundを、「クリケットの柱」にstumpの代わりにwicketを用いている。この学校の用語は一風変わっていたようだ。ラグビーをさせる学校だったことは間違いない。そうでなければワトソンが後年になってブラックヒースのチームのスリークォーターを務められるはずがない。いかにもワトソンらしくラグビーで活躍したなどとは自分からは言わない。読者に分かるのは「ビッグ・ボブ・ファーガソン」が「オールド・ディア・パークで君をロープ越しに観客席に放り込んだ云々」と言ったからである*(『サセックスの吸血鬼』)。勉強の方ではワトソンはまあまあという成績で優等生ではなかった。彼はおたまじゃくし・フェルプスと同じ年齢だったのに2級下だった。彼の学級番号は32番だった(『隠居絵具屋』)。

*このあたりは原文筆者ロバーツ氏の勘違い。スリークォーターだったのはボブ・ファーガソンである。ワトソンのポジションは書いてない。ワトソンがボールを持って走りファーガソンのタックルで観客席に放り込まれた――というのが一番ありそうなケースだから、ワトソンもスリークォーターだったかもしれないが。
 ワトソンのブラックヒースとファーガソンのリッチモンドはいずれもロンドンのクラブチームの名前である。ワトソンはロンドン大学医学部在学中にブラックヒースのチームに加わったのだろうか。ケンブリッジ大学の有名なスリークォーター、ゴドフリー・ストーントンもイングランド代表を5回も務めたが、同じブラックヒースでプレイした。しかし英国の話であるから日本と違って「ワトソン先輩」なんてことは言わない。(『スリークォーターの失踪』)

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