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2011年1月31日 (月)

ワトソン博士伝(14)

 年月の経過とともに、ホームズはワトソンへの好意をだんだん表に出すようになってきた。初めのころにはごくさりげない友情だったのとは様変わりしている。ブルース・パーティントン設計図の事件が山場に来ようというとき、ホームズは忠実な友ワトソンの手をぎゅっと握りしめて、その目には「一瞬、今まで見たことのないような優しみがきらめいた」ように見えた。『悪魔の足』の事件では、勇敢なワトソンが迅速に行動したおかげでホームズは自分の実験がもたらした「凍りつくような恐怖」から逃れられたのだった。おぼつかない声でホームズはワトソンにありがとうと言った。ホームズが真情をこれほど見せたことはなかった……
 1902年の秋に、ホームズはある意味では彼の生涯の最高の時を迎えた。これは『高貴な依頼人』の事件であり、半世紀を経た今日でも(原文発表は1954年)名前は伏せられたままである。ワトソンは悪名高きアデルベルト・グルーナー男爵の裏をかくのに重要な役割を果たしてホームズに誉められた。おかげでホームズは男爵の悪行の明白な証拠をド・メルヴィル嬢に見せて、ようやく婚約解消を確実にしたのだった。
 さて、この次に記録されている冒険(『白面の兵士」)はワトソンではなくホームズが書いている。なぜだろう。一つにはワトソンにはすこぶる執拗なところがあって「君が自分で書いてみればいいじゃないか」と責め立てたからである。もう一つはホームズが一人だったからだ。彼は「我が善良なるワトソンは当時私を捨てて結婚していた。彼が利己的な行動に出たのは我々のつきあいを通して後にも先にもこの時だけだった」と書いている。この「当時」が1903年1月であるのはホームズ自身がはっきり書いていて動かせない。

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