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2011年1月 9日 (日)

スネークピットについて(3)

 私は那嵯涼介氏の記事が「高級だ」と書いたので、「正しい」というのではない。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの意味に関する限り、正しくなく間違っている。しかしGスピリッツの記事は読み応えがある。「ジャーマンスープレックスはドイツ人カール・ゴッチが発明した」などと書いてある英語の低級な記事とは比べものにならない。
 ビリー・ライリーとスネークピット・ジムについて、GスピリッツのVOL8とVOL9を読み直してみよう。VOL8のp.62から10ページを使って『ウィガンにあった黒い小屋――"蛇の穴"ビリー・ライレー・ジムの実像――』という那嵯涼介氏の力作が載っている。 
 那嵯氏の記事によれば、

「ライレーは1896年にウィガン郊外のリーという町でアイルランド人の両親から生まれた。母親の反対を押し切りレスリングを始めたのは、彼が10歳前後のころであったと思われる。鋳型工の見習いをしながらレスリングジムに通い、大人の炭鉱夫に混じって練習しているライレーはすぐに頭角を現し始める。
 1910年に若干14歳で初めてプロとして賞金マッチを行い、19年には100ポンドの賞金を賭けて、地元ウィガンのスプリングフィールド公園でボルトンのビリー・ムーアズと対戦、大英帝国ミドル級タイトルを獲得した。この日は4000人の観客を集めたという。」(65頁)

「40年代初頭にジムを開設したビリー・ライレーは、"初代師範代"としてウィガンから程近い町ボルトン出身のジョージ・グレゴリーを迎える。グレゴリーはオール・イン・レスリング興行の初期からリングに上がっており、ヘビー級の体軀ながらキャッチ・アズ・キャッチ・キャンを高いレベルで習得していたレスラーであった。」(66頁)

 ビリー・ライリーの生年は1896年であった。ウィキペディアに書き加えるべきだろう。
 しかし、1940年代初頭にジムを開設した? 1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドヘ侵攻して第2次世界大戦が始まった。このときビリー・ライリーはもう四十歳を越えていたから徴兵はされなかったのだろう。しかし40年代初頭にはまだドイツ軍がドーバー海峡をわたって上陸してくる恐れがあった。プロレスのジムなんか開いている場合か。これはウィキペディアにあるように1950年代初頭の開設の方が正しいのではないか。
 ビリー・ライリーは1910年に14歳で初の賞金マッチを行い、1919年には100ポンド賞金マッチに勝った。この賞金マッチがどういう試合だったか記述はない。
 このころの「キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの賞金試合」がどういうものだったかは、当ブログにいくらか書いている。

Greatgama4

 1910年8月8日、グレート・ガマ対ベンジャミン・ローラーの200ポンド懸賞試合が行われた。この試合はガマが1分40秒と9分10秒にピンフォールを奪って楽勝した。http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/3-06d5.html
 同年9月10日にグレート・ガマ対ズビスコの250ポンド懸賞試合が行われた。この試合は亀になったズビスコにガマが張り付いたまま膠着して2時間35分に引き分けに終わった。http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/4-bcff.html
 これは「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」の試合であったが、現在のフリースタイルとほぼ同じルールで、サブミッションなしであった。違いは時間制限がなかったことだけだ。だからなかなか勝負がつかず大凡戦になって非難された。

Yukiotani_2

 1904年4月18日には、谷幸雄対ジム・メラーのキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの100ポンド賞金試合が行われた。いつもは柔術家としてサブミッションを使ってレスラーに楽勝している谷がこの試合ではキャッチ・アズ・キャッチ・キャン=フリースタイルのルールで戦って勝ち、絶賛された。http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/2-519a.html

 ビリー・ライリーの1910年と1919年の賞金マッチがこれらの試合とは異なって「サブミッションあり」だったとは考えにくい。また那嵯涼介氏もそうは書いていない。(続く)

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