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2011年1月21日 (金)

Hereditary King of Bohemia (3)

Bohemia

 1196年に王国になったボヘミアの紋章。
 ボヘミアは16世紀にオーストリアに併合された。
『ボヘミアの醜聞』は1887年だったらしい。このころはオーストリア=ハンガリー二重帝国の一部だ。 
「ボヘミア国の今上陛下」がいたか? 
 ホームズがわざわざhereditary King of Bohemiaと言ったのはなぜか。
 hereditaryは訳さないのが正解だと思う。
 しかしもし仮にこの語を含めて訳せば「血筋からはボヘミア王たるべきお方」じゃないかな。
 ワトソンはよく不正確なことを書く。しかしわざと辻褄の合わぬことを書いて読者を惑わすこともあるかも知れん。訳者が出すぎた真似をしてはいけない。

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コメント

瑣末に見える言葉遣いへの「こだわり」(本当は悪い意味らしいがこの場合は良い意味)にはプロ意識を強く感じます。
こういう方にこそホームズ全集の完訳をお願いしたい。

投稿: ころんぽ | 2011年1月22日 (土) 10時02分

Thank you. 恐れ入谷の…… しかし、ボヘミア王位のことは誰かよく知っている人に教えてもらいたいですね。

投稿: 三十郎 | 2011年1月22日 (土) 10時43分

たぶん、ドイルも故意に諸々承知の上でボヘミア国としたんではなかろうかと。ストレートにオーストリア皇帝なり皇太子なりと書いてしまうと何かと差し障りがあったのでは、と推測します。

ボヘミア王国は1526年以降ハプスブルク君主国の支配下に入っていました。以後、オーストリア=ハンガリー二重帝国の崩壊までずっとその統治下にあり、ハプスブルク家の当主が代々ボヘミア王位を兼ねていたので、同年以来400年近くハプスブルク家の当主、すなわちオーストリア皇帝(1806年以前なら神聖ローマ皇帝)=ボヘミア王(ベーメン王)であったわけです。

1887年当時のオーストリア皇帝、すなわち実際のボヘミア王はフランツ・ヨーゼフ1世、非常に厳格かつ規律正しい人物でしたから彼自身が作中のボヘミア王のような行動を行う余地はあまりなく(エリーザベト皇后との結婚は1853年)、何より治世があまりにも長すぎて……(1830年生まれ、在位1848~1916。『ボヘミアの醜聞』が1887年の話とすれば御年57才)

おそらく作中のボヘミア王のモデルであろう、当時のオーストリア皇太子・ルドルフ(1858年生まれ、1887年だと29才)は高級娼婦やら女優やらとかなり派手に遊びまくっておられた方で、『ボヘミアの醜聞』を地でいくような話が紛々と。違いはといえば、ルドルフは1881年に既にベルギー王女シュテファニーと結婚済み、というくらいです。結局ルドルフ皇太子は1889年にマイヤーリング事件で某男爵令嬢と情死しました。

……こういう事実に基づく噂のある中で『ボヘミアの醜聞』の依頼者をオーストリア皇太子なんて書いたらまあ、いくら他国の君主一家でも何かと問題になるのではなかろうかと。

ついでに言えばエドワード7世(この当時はイギリスのプリンス・オブ・ウェールズ)もまた、複数の女優と浮き名を流したりパリの高級娼婦と遊びまくったりと何かにつけ女性問題の絶えないお方でして、デンマーク王女アレクサンドラと結婚した点とあわせ、むしろルドルフ皇太子よりも作中のボヘミア王に近いかもしれない人物です(実際にルドルフ皇太子とエドワード王太子は仲がよかったそうな)。

よって、悪意にとれば『ボヘミアの醜聞』は英王室批判にもなりかねない作品だったりするので、あえてつじつまの合わない存在であるボヘミア王を依頼者に持ってきたのではないかと。
他の作品では、架空の国や現実には独立して存在しない国の君主(ボヘミア王のような)が小生の知る限り出てこないところからして、結構危険球な作品を承知で書いていたのではないかと個人的には考えています。

投稿: 不来庵 | 2011年2月 3日 (木) 16時10分

ありがとうございます。オーストリア皇帝がボヘミア王を兼任というか一種の潜在王権を持っていたのですね。
ルドルフのマイヤーリング心中事件はオマー・シャリフとカトリーヌ・ドヌーブで映画化していますね。そのことは当ブログで書きました。「女王か王妃か」
http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/2_bc40.html
英国皇太子アルバート・エドワードが「スカンジナヴィアの王女」と結婚したけれど遊びまくった話も書いております。「プロの美人たち」http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/6-23a4.html

投稿: 三十郎 | 2011年2月 3日 (木) 19時49分

あ、ルドルフ皇太子とエドワード王太子は既出でしたか。それはご無礼を(平伏)

付け加えますと、一応オーストリア皇帝はボヘミア王としての名乗りも有しておるようです。ドイツ語のチェコ語なまりな読みですが。

一部ではボヘミアにもハンガリー並みの権利を与える、オーストリア=ハンガリー=ボヘミア三重帝国構想もあったようです。

投稿: 不来庵 | 2011年2月 4日 (金) 12時29分

なるほど、三重帝国構想まであったのか。西洋は複雑ですね。そこへ行くと我が国の万世一系は……
神武天皇のY染色体が……

投稿: 三十郎 | 2011年2月 4日 (金) 17時37分

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