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2011年2月 8日 (火)

女か虎か――翻訳の名人芸

 In the very olden time there lived a semi-barbaric king, whose ideas, though somewhat polished and sharpened by the progressiveness of distant Latin neighbors, were still large, florid, and untrammeled, as became the half of him which was barbaric. He was a man of exuberant fancy, and, withal, of an authority so irresistible that, at his will, he turned his varied fancies into facts. He was greatly given to self-communing, and, when he and himself agreed upon anything, the thing was done. When every member of his domestic and political systems moved smoothly in its appointed course, his nature was bland and genial; but, whenever there was a little hitch, and some of his orbs got out of their orbits, he was blander and more genial still, for nothing pleased him so much as to make the crooked straight and crush down uneven places.

 フランク・ストックトンの『女か虎か』The Lady Or The Tiger? の第一節。
全文はhttp://www.eastoftheweb.com/short-stories/UBooks/LadyTige.shtml

 むかしむかし大昔、一人の半未開人の王様があった。その王様の考えることといえば、遠いラテン系の隣国の文明開化の影響をうけていくらか洗練されていたとはいえ、まだ自由奔放で華麗をきわめ、いかにも未開人らしい彼の半分にふさわしいものであった。もともと気まぐれな性質だった上に、たいへんな権力をもっていたので、自分のいろんな気まぐれを、思うまま、実行にうつした。非常に反省ということを心掛けていて、一度こうと自分に納得してはじめて実行するのだった。王家のものたち、政府の役人たちが、みんな命令された通り、何のいざこざもなく行動しているあいだの彼は穏和な人物であった。ちょっとした悶着が起こるとか、王命が違背された時の彼のほうが、さらに機嫌がよかった。というのは、曲がったものをまっすぐにし、凹凸をならすほど好きなことはなかったからである。

 ミステリマガジン三月号の巻頭が中村能三訳の『女か虎か』である。
 翻訳を見て「これは自分が訳したことにしたい」と思うことがまれにある。この場合がそうだ。
 こういうちょっと凝った英語は中村能三訳が一番だ。(「のうぞう」ではなくて「よしみ」らしい。ウィキペディアの中村能三http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E8%83%BD%E4%B8%89
 
whenever there was a little hitch, and some of his orbs got out of their orbits, he was blander and more genial still, for nothing pleased him so much as to make the crooked straight and crush down uneven places.
ちょっとした悶着が起こるとか、王命が違背された時の彼のほうが、さらに機嫌がよかった。というのは、曲がったものをまっすぐにし、凹凸をならすほど好きなことはなかったからである。

 こうは書けない。古典だから翻訳は何種類もあるはずだけれど、「王命が違背された時の彼」なんて日本語が出る人が他にいるか。だいたいはsome of his orbs got out of their orbitsが分からなくて誤訳になっているだろう。

 ほかには新潮文庫の『サキ短篇集』がよかった。ずいぶん前に読んですごいと思ったのだけれど、引っ越しでなくしてしまった。アマゾンで見るとまだ出ているので早速注文した。
 岩波文庫に『サキ傑作集』がある。これは中村能三氏とは腕前がまず大駒一枚違う。原文で読んだ方がよい。

 ところで『女か虎か』のおしまいはどうなっているか。

 原文 ――the lady, or the tiger?
  翻訳  ――女か、それとも虎か?

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