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2011年2月 9日 (水)

シャーロック・ホームズの新訳(1)

 創元推理文庫から深町真理子氏によるシャーロック・ホームズの新訳が出始めている。If I am not mistaken, これがホームズの翻訳としては最新版だ。

『シャーロック・ホームズの冒険』2010年2月19日初版
『回想のシャーロック・ホームズ』2010年7月30日初版
『緋色の研究』2010年11月30日初版

 これまで創元推理文庫のホームズは阿部知二訳だったのを深町真理子訳で置き換えようということらしい。『シャーロック・ホームズの事件簿』は1991年に深町訳がもう出ているからそのままなのだろう。
 ちょっとのぞいてみよう。

 わが友シャーロック・ホームズ氏の名を天下に知らしめたあの世にもまれな才能について、その最後の記録を書き綴るべく、私はいま重い気持ちでペンをとる。かつて『緋色の研究』の事件のころ、ふとしたことから彼と知りあって以来、近くは彼のかかわったかの"海軍条約"の一件にいたるまで、つねに彼と行動をともにすることで味わった私の特異な体験のことは、これまでおよそまとまりのない、つたない文章でではあるものの、なんとかわが手でその一端なりともお伝えしようと骨折ってきた。「海軍条約事件」では、その解決にホームズが乗り出したことにより、確実にひとつの国際紛争が避けられたのだが、以来、私としては、これを最後に筆を折り、その後に起きたあの出来事――二年後のいまも、私の生活にいささかも埋まらぬ空白を残している忌まわしい出来事――については、いっさい口をとざして語らぬつもりでいた。しかるに、最近になって、ジェームズ・モリアーティー大佐が死んだを弁護しようと、公開状をもって世間に訴えるという挙に出たため、私もやむなくありのままの事実をひとびとの前に提示すべく、ふたたび筆をとることを余儀なくされたのである。あの出来事の真相を余すところなく知るものは、ひとりこの私のみ、そしていまや、真実を秘匿していてもなんの益もない、という時が到来した。それを私は満足に思う。

 もちろん『最後の事件』の書き出し。いいなあ!
 旧訳よりは確実によくなっていますね。
 阿部知二訳では

……最近、ジェイムズ・モリアーティ大佐が、死んだを弁護するああした公開状を書いた以上、私もペンを取らざるを得ず、ありのままの事実を、正確に、公表しないでいることは、もはやゆるされないのだ。事件の完全な真相を知るものは私だけであり、真相を伏せておくことがなんの役にも立たぬ時期の到来したことを、満足に思う。
 
「死んだ兄」と「死んだ弟」。大佐と教授のどちらが兄でどちらが弟なのか? 名前が二人ともJamesらしいので、一層区別がつきにくい。原文には何と書いてあるのだろうか?

  It is with a heavy heart that I take up my pen to write these the last words in which I shall ever record the singular gifts by which my friend Mr. Sherlock Holmes was distinguished. In an incoherent and, as I deeply feel, an entirely inadequate fashion, I have endeavoured to give some account of my strange experiences in his company from the chance which first brought us together at the period of the "Study in Scarlet," up to the time of his interference in the matter of the "Naval Treaty" -- an interference which had the unquestionable effect of preventing a serious international complication. It was my intention to have stopped there, and to have said nothing of that event which has created a void in my life which the lapse of two years has done little to fill. My hand has been forced, however, by the recent letters in which Colonel James Moriarty defends the memory of his brother, and I have no choice but to lay the facts before the public exactly as they occurred. I alone know the absolute truth of the matter, and I am satisfied that the time has come when no good purpose is to be served by its suppression.

 his brotherとしか書いてない。elderかyoungerかを書いてくれなくては分からないじゃないか。ワトソンという人はいつでも細部が不正確で困ったものだ。
 それはそれとして、新旧の訳に共通した誤訳が一箇所あります。どこでしょうか?

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コメント

欧米人のと言うか英語の感覚で理解不能なのがこの兄弟姉妹。
「ショスコム荘」でもやはり姉か妹か分からない婦人が出てきます。
siblingなんてすごい単語まであるし。
兄弟姉妹の別が気にならないのかなあ。

投稿: ころんぽ | 2011年2月11日 (金) 22時24分

コナン・ドイルも長男だけれど、姉か妹か分からない姉妹がいて第2子か第4子かが分からないのですよ。これは生まれてすぐ死んだ子どもを勘定に入れるかどうかの問題かも知れないけれど。

投稿: 三十郎 | 2011年2月12日 (土) 07時14分

マイクロフトについては、ワトソンがホームズに尋ねてくれたので兄だとはっきりわかって良かったですね!

投稿: ぐうたらぅ | 2011年2月13日 (日) 21時20分

ほんとに。日本語に忠実に訳すると、「兄がいるんだ」「君より年上か年下か?」という変な訳になるのでしたね。

投稿: 三十郎 | 2011年2月14日 (月) 07時11分

お邪魔します。
私は映画ファンというだけですが、欧米の言語では、兄、弟、姉、妹
という区別に無頓着だ、という印象をもっています。
映画の字幕も訳者次第で、兄、弟、が入れ替わります。
あちらは brother,sister で済ましてしまっているからですね。
brother,sister で済ませる価値観で生きている脳内世界だからだ、
と解釈しています。
キリスト教どうしは brother,sister ですましてますが、日本は芸人
さんたちの会話に見られるように、兄さんか、弟ぶんになるのかで対応
が言葉遣いを筆頭として大違いとなる文化ですものね。

投稿: CHRD | 2011年2月14日 (月) 19時57分

なるほど。やくざには対等の「兄弟分」というのがあるようですが。

投稿: 三十郎 | 2011年2月14日 (月) 20時24分

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