« 漂泊のジプシー(2) | トップページ | ワトソン博士伝(16) »

2011年3月 2日 (水)

ワトソン博士伝(15)

 二度目のワトソン夫人は誰だったのか。この点についてもワトソンは寡黙である。もうベイカー街に住んでいないこと以外は何も語っていないから、伝記作家は推測をめぐらすしかない。二通りの可能性がある。ワトソンはしばらく前から結婚を考えていたのか、それとも人生の一大転機が生じて急な決断を迫られたのか。第一説の証拠らしきものとしては、1902年9月にはもうクィーン・アン街に引っ越していたことが挙げられる(『高貴な依頼人』)。だから新生活を始めるつもりがあったと言えなくもない。ところがワトソンはこのころもホームズといっしょに、トルコ風呂からあがって「休憩室で汗の引く間、快い疲労のうちに煙草をやっていた」のである。

Illu01

 第二説は、一層興味深い推定に基づいている。ワトソンの再婚は1902年の年末か翌年の初めで、『高貴な依頼人』の事件からしばらくたってからだった。この事件はワトソンに並々ならぬ印象を与えた。ワトソンは女性を敬い弱きを助ける騎士道精神のある男で、窮状にある女性は特に彼の心を動かした。* それにヴァイオレット・ド・メルヴィル嬢は「若く美しく教養もある、どの点から言っても非の打ちどころのない人」ではなかったか。婚約者の本性の暴露という恐るべき事件の後では、ワトソンが(むろん然るべき間隔を置いて)慰問に訪ねたとしてもごく自然ではないか。それにワトソンは、モースタン嬢に求婚して以来、一種特別な「技術」を身につけていた。ド・メルヴィル嬢は上流階級で町医者上がりなどには手の届かぬところにいるはずだという異議が出るだろうか。しかし、この場合は考慮すべき重要な事情があるのだ。ド・メルヴィル嬢の父親は軍人だった。しかもアフガニスタンで手柄を立てた軍人、「カイバル峠で勇名を馳せたあのド・メルヴィル将軍」なのだ。ワトソンの義父にふさわしいではないか。いずれにせよ、ワトソンの再婚とともにホームズとの親密な継続的関係は終った。むろん二人が親友であることには変わりはなく、ホームズは「活劇が予想される事態が起きて信頼するに足る豪胆な相棒が欲しいとき」にはためらわずワトソンを呼び寄せるのだった(『這う男』)。

Khyberpass31

*ホームズの多くの事件のなかからワトソンが選んで発表したものに、困難に陥った淑女が助けを求めてきた事件が多いことに注目すべきだろう。『花婿失踪事件』『まだらの紐』『ぶな屋敷』『孤独な自転車乗り』『チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン』『第二の汚点』『ヴェールの下宿人』などがある。

◇ワトソンの「後妻」と書くと何だか変ですね。「第二のワトソン夫人」ではイスラム教徒みたいだ。

|

« 漂泊のジプシー(2) | トップページ | ワトソン博士伝(16) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/39077730

この記事へのトラックバック一覧です: ワトソン博士伝(15):

« 漂泊のジプシー(2) | トップページ | ワトソン博士伝(16) »