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2011年3月 3日 (木)

ワトソン博士伝(16)

Maza01

 ワトソンが二度目の結婚をした後どういう生活をしていたかは、残念ながらほとんど分かっていない。クィーン・アン街へ引っ越したのはまた医業を再開するつもりだったのかどうかも不明である。この問題は『マザリンの宝石』が正典に含まれるか否かにかかっている。本当にワトソンのノートを編集したものだとすれば、事件の日時は『空き家の冒険』より後であり、さらにワトソンが二度目にベイカー街から出たときよりも後であることは明らかだ。同じように当時ワトソンの医業が繁盛していたことも明かである。(正典だとすると、編者はワトソン夫人だったかも知れない。彼女は夫が事件で果たした役割を誇りに思ったに違いない。)このころワトソンの関心は外科の方に向かっていたのかも知れない。1903年にはワトソンは開業医として「ひとかどのものになっていた」(『這う男」)。
 これに対してホームズの後期の経歴はある程度まではっきりしている。1907年までには諮問探偵の仕事からは完全に引退していた。ワトソンとの接触はめったになかったが昔の友情は続いていた。サセックスでの侘び住まいをワトソンが訪ねていっしょに週末を過ごすこともときどきはあった。しかしワトソンがどこでどう暮らしていたかについてはやはり手掛かりがない。
 1914年8月2日になって、再びワトソンがちらりと姿を見せるが、登場はこれが最後である。ここでも我々が読めるのは編集の手が入ったテキストであるが、『最後の挨拶』の冒頭はワトソンのノートに書いてあったのをそのまま写したものだろう。

  It was nine o'clock at night upon the second of August――the most terrible August in the history of the world. One might have thought already that God's curse hung heavy over a degenerate world, for there was an awesome  hush and a feeling of vague expectancy in the sultry and stagnant air.

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