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2011年3月31日 (木)

外国人の見た村上春樹

Murakami_haruki030107_jpg_300x867_2 Haruki 1182320287

安西水丸氏の描いたものと違って、ノーベル賞をもらいそうな大作家に見えますね。最後のイラストはもちろん漢字が分かる人が描いた。
http://ruffpan.pixnet.net/album/photo/56154655

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ボクサー弾を百発(9)

 ヘアトリガーが使われるのは、ふつうは競技用の銃だ。「引き金について」http://www.fareast-gun.co.jp/goroku/toriga/ というサイトをコピーさせてもらう。

Toz3501

あらゆる銃器の中で最も繊細で最も軽いのは競技用のフリーピストルの引き金です。
固定的を撃つ射撃競技の場合、一番銃口が振れるのはピストル射撃です、そのため激発のチャンスはほんの一瞬しかありません。またピストルの場合、引き金に力を加えると簡単に銃口が振れてしまいます、そのためフリーピストルの場合極限まで引き金のウエイトを軽くしています、その引き金ウエイト、わずか15グラムです。もっと軽くしようと思えばまだ軽くは出来ますが現状ではこの位で使っています。
引き金を15グラム以下に調整すると、ピストルの銃口を上に向けただけで、引き金の自重だけで激発してしまいます。いくら軽くできても15グラム辺りが限界でしょう。

 このサイト主の築地さんによると「実は、引き金を軽くするというのはそれほど難しい技術ではありません」ということだ。シャーロック・ホームズは自分で拳銃の内部のメカニズムをいじってヘアトリガーにしたに違いない。

  ウェブスターのhair triggerの定義。

a gun trigger so delicately adjusted that it releases the cock at the slightest touch

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2011年3月30日 (水)

ボクサー弾を百発(8)

 昨日書いたことに一つ間違いがあった。
「この定義では、一つの銃に二つの引金、secondary triggerとmain triggerとがあるように読める。そんな銃はない。」
 下線部が間違い。ありました。

Double_set_triggers

 しかし「OEDの記述が間違っている」というのは間違いではない。上図のような引金は(double) set triggersという。前のが主引金、後ろが補助引金である。あらかじめ後ろの引金を引いておくと前の引金が軽くなる。19世紀後半にライフル銃にこういう引金をつけることがあった。
 ヘアトリガーはこれとは違う。二重ではない引金の内部メカニズムを調整してごく軽く引けるようにしたものだ。
 ふつうの拳銃の引金は安全のためある程度重くしてある。自動拳銃では、軽いものでも2kgくらいの力をかけないと引けない。
 ホームズやワトソンが使うのは、ダブルアクションの回転式拳銃(リヴォルヴァー)である。これはもっと引金が重い。
 
F2_revolver_hammer_cocked_2  

  リヴォルヴァーの撃鉄(hammer)を起こして(cockして)引金を引いたところ。このあと撃鉄が倒れて拳銃の内部で撃針が雷管を叩き弾が発射される。撃鉄がcockedの状態にないと撃てない。ワトソンはよく「拳銃をcockして」と書いている。たとえば

「すべて終わったということだ。結局、これが一番よかったのかも知れない。拳銃を取りたまえ。ロイロット博士の部屋へ入ろう」
 ホームズは厳しい顔でランプをつけ、先に立って廊下を進んだ。部屋のドアを二度叩いたが中から返事はない。Then he turned the handle and entered, I at his heels, with the cocked pistol in my hand.

 ワトソンが撃鉄を起こすのは引金を軽くするためだ。シングルアクションならば一々親指で撃鉄を起こさなくては撃てない。

Carrysingleactionrevolver800x800

 当時の英国の軍用拳銃はダブルアクションのリヴォルヴァーである。力を込めて引金を引けば倒れている撃鉄が起きて(cockedの状態に戻って)撃てる。引金さえ引けば連発で撃てるからダブルアクションという。しかしあまりに引金が重くては命中率が悪くなるから、余裕があればシングルアクションのようにあらかじめ撃鉄を起こしておくのだ。

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2011年3月29日 (火)

ボクサー弾を百発(7)

ホームズがその変な好みから、微力発射装置つきのピストルとボクサ弾を百発もって……(延原謙訳)

 昔から「微力発射装置つきのピストル」という日本語が不思議だった。

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 微力発射装置はどこに付くのか? 引金のほかにさらに別の発射装置がくっついているのか? 
 hair-triggerをOEDで引いてみて驚いた。定義は
 

A secondary trigger in a firearm, which acts by setting free a spring mechanism called the hair, and being delicately adjusted, releases the main trigger by very slight pressure.

銃の補助的な引金であって、「ヘア」と呼ばれるバネ装置を解放することにより作動し、高感度に調整されているので、ごく微小の圧力で主引金を引くことになるもの

 OEDの間違いを発見した! ヘアトリガーと言えば「ごく軽く引ける引金」というだけの意味であることは常識だ。この定義では、一つの銃に二つの引金、secondary triggerとmain triggerとがあるように読める。そんな銃はない。
 あるいは独自の「微力発射装置」すなわち「補助的/第二次的引金」をくっつけた銃を発明して特許を取った人でもいるのかな。しかしそんなものは実用に適しないから普及しなかった。「ヘアと呼ばれるバネ装置」も変だ。ヘアトリガーのヘアは「髪の毛のように軽い」という意味だ。OEDの編者は銃のことをよく知らず、どこかの辞書に間違ったことが書いてあるのをそのまま写したのだろう。(私の見たのはOEDでもCD-ROM Version3.0だ。現在のVersion4では間違いが直っているか?)延原謙氏はその間違った辞書を見たのかな?
 例文で一番古いのは1830年だ。

1830 E. Campbell Dict. Mil. Sc. 249 The hair trigger, when set, lets off the cock by the slightest touch; whereas the common trigger requires a greater degree of force. 

1830年。E・キャンベル『軍事学辞典』249頁。ヘアトリガーは、セットすればごく軽く触っただけで撃鉄を倒す。これに対してふつうの引金にはもっと強い力が必要である。

 この例文からは、引金に「ふつうの引金」と「ふつうでない引金」の二つのタイプがあり、ヘアトリガーはふつうでない引金の一種であることが分かる。一つの銃に引金は一つで、それを軽く引けるように調整するのだ。2番目の例文。

1836 T. Hook G. Gurney II. 192 My pistol, which had the hair trigger set, went off. 

1836年。T・フック『G・ガーニー第2巻』192頁。私のピストルはヘアトリガーがセットしてあったが、弾が出てしまった。

 引金は軽ければ軽いほど命中率が高い。それならどんな銃でもヘアトリガーにすればよいか? それはだめだ。引金があまり軽いと撃とうと思わないときに弾が出てしまうことがある。シャーロック・ホームズは拳銃を無造作にポケットに突っ込んで出かけることがある。これができるのはヘアトリガーではないからだ。実用に供する拳銃では引金の重さの最低限度が決められている。

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2011年3月25日 (金)

ボクサー弾を百発(6)

 シャーロック・ホームズの室内射撃については、いろいろな説がある。英米の銃器専門家の中には、ホームズの使ったのはサルーンピストルではないかとする者もいる。しかし、これは原文をよく読んでみればおかしいことが分かるはずだ。

I have always held, too, that pistol practice should be distinctly an open-air pastime; and when Holmes, in one of his queer humours, would sit in an armchair with his hair-trigger and a hundred Boxer cartridges and proceed to adorn the opposite wall with a patriotic V. R. done in bullet-pocks, I felt strongly that neither the atmosphere nor the appearance of our room was improved by it.
 
 ワトソンは「ピストル射撃は絶対にan open-air pastimeのはずだ」と強調している。もしホームズがsaloon pistolすなわち室内用拳銃を使っているのを見たのならば、そんな書き方をするはずがない。
 ワトソンの軍事経験も無視できない。彼はアフガニスタンで英陸軍制式拳銃のアダムズ1872マークⅢリヴォルヴァーを使って戦ってきたのだ。リムファイアとセンターファイアの違いくらいは心得た上でBoxer cartridgesという言葉を使ったはずだ。
 しかし、サルーンピストルかも知れないと言いたくなるのも分からなくはない。
 ふつうのセンターファイアの強力な拳銃弾を壁に撃ち込んだら、部屋のappearanceはどうなるか?
 
Bullet_hole_in_the_wall_by_bystrm  

 漆喰の壁だったらもっとひどいことになるだろう。愛国的文字を書けるようなきれいな弾痕ができたのは、サルーンピストル並の低威力の弾丸を用いたからだ。そのために特別の細工を……
 部屋のatmosphereはどうか? 部屋の雰囲気(深町訳)ではありません。部屋の空気(延原訳)が正しい。当時の拳銃はまだ黒色火薬を用いたから、百発も撃てば部屋中に黒煙がたちこめてひどいことになったのだ。
 まだ不審なところがある。hair-triggerは……

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2011年3月23日 (水)

ボクサー弾を百発(5)

 ホームズが使ったのはやかましく言えばcartridges with Boxer primers(ボクサー式雷管付き実包)だ。これをBoxer cartridgesと書くのを専門家は不正確だと言うが、まあ構わないのじゃないだろうか。日本語ではさらに大まかな「ボクサー弾」でよろしいと思う。「ボクサー式弾薬筒」が変だということはすでに述べた。
 ボクサー式とベルダン式の雷管は1860年代に英国人のボクサー大佐と米国人のベルダン氏がそれぞれ発明した。
 

Boxer

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  上がボクサー式、下がベルダン式の雷管。違いはAnvilにある。この単語は辞書には「金床」としか書いてないが、発火金(はっかがね)と訳するのが正しいのだそうだ。ボクサー式では発火金が雷管に内蔵されていて薬莢とは別である。引き金を引くと撃針が雷管を叩きその内部の速燃性の火薬を発火金にあてて爆発させる。その爆風がFlash holeから薬莢内部の装薬に伝わる。ベルダン式では発火金が雷管に含まれず薬莢と一体化している。
 性能はどちらが上ということはない。現代の小銃や拳銃はボクサー式雷管を使うものが多いが、日本の三八式歩兵銃の6.5mm弾、ロシアのAK47の7.62mm弾などはベルダン式である。
 ボクサー式雷管を使ったカートリッジには一つ利点がある。薬莢の再利用ができることだ。ベルダン式雷管では発火金が薬莢と一体化しているので、発射後の薬莢がゆがんでしまい、再利用がむつかしい。ボクサー式ならば雷管を引き抜いて新しいものに換えればよい。ホームズの使った「ボクサー弾」もこうして装薬を詰め替えたものだ。

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2011年3月20日 (日)

ボクサー弾を百発(4)

 ワトソンがホームズの拳銃について書いたことは必ずしも正確ではなかった。銃器の専門家は、Boxer cartridgesという英語がよくないと言う。ボクサー式か別の方式かはカートリッジではなくて雷管(primer)について問題になるのであって、そもそもカートリッジは……
 19世紀後半以降の小銃や拳銃のカートリッジには、装薬を起爆させる方式にリムファイア式とセンターファイア式がある。

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 リムファイアは薬莢の縁(rim)に起爆用の火薬(priming powder)をおさめる方式だ。サルーンピストルに使うような22口径か17口径のカートリッジはこのリムファイア方式である。17口径ならば直径4.3mmくらいの小さな弾頭を飛ばして紙の標的に穴を開ければよいのだから、装薬はごく微量で威力は低い。
 軍用拳銃は事情が違う。コルトM1911は45口径(11.4mm)の弾丸を発射する。ベレッタM92は口径9mmである。これらは自動拳銃であるが、ワトソンの使った英国陸軍制式拳銃アダムズ1872マークIIIはリヴォルヴァーだった。口径は45口径だ。人間を撃ち殺すには大きな弾頭を高速で発射しなければならない。高威力の弾はリムファイアでは無理でセンターファイア方式である。

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 センターファイアは、薬莢の底の中央に雷管という起爆装置がはめ込んである。左が拳銃弾、右が散弾で、いずれも雷管がある。引き金を引くと撃針(firing pin)が雷管を叩き小爆発を起こしてこれが装薬を起爆させて弾頭に推進力を与える。左の357マグナム拳銃弾のカートリッジは、中央の雷管に撃針が叩いた跡が残っている。
この雷管にボクサー式とベルダン式がある。Boxer primerとBerdan primerである。

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2011年3月19日 (土)

東南海の大地震

 今回の大地震は、当方の生活にはあまり影響がなく、テレビで見て気の毒に思うだけだ。東京では計画停電で困っているらしいが。
 母は昭和十九年の昭和東南海地震を思い出すという。これは

1944年(昭和19年)12月7日に午後1時36分から、紀伊半島東部の熊野灘、三重県尾鷲市沖約20km(北緯33度8分、東経136度6分)を中心とする震源で発生した巨大地震。「昭和東南海地震」と呼ばれることがある。 地震規模を示すマグニチュードは7.9と推定されている。一般に死者・行方不明者数は1223を数えたとされる(統計によりいくらか数字の大小はある)。――ウィキペディア

 震源に近い母の里の村では、みんなすぐに裏の山へ避難して無事だった。これより90年前、1854年の安政東海地震のときの津波の記憶が残っていたからだろう。安政東海地震についてはhttp://www.bo-sai.co.jp/anseitoukai.htm によると

 安政元年11月4日(1854年12月23日)、駿河湾から遠州灘、紀伊半島南東沖一帯を震源とするM8.4という巨大地震が発生した。
 この地震が発生した年は嘉永7年で、当時の瓦版や記録はすべて嘉永としているが、この地震の32時間後にはM8.4と推定される安政安政南海地震が連続して発生し、さらに広範囲に被害をもたらせたため、この両地震から元号を嘉永から安政に改めた。年表上は安政となるため後に安政東海地震と呼ばれるようになった。(東海地震・警戒宣言)
 この地震で被害が最も多かったのは沼津から天竜川河口に至る東海沿岸地で、町全体が全滅した場所も多数あった。また、甲府では町の7割の家屋が倒壊し、松本、松代、江戸でも倒壊家屋があったと記録されるほど広範囲に災害をもたらせた地震であった。
 地震発生から数分~1時間前後に大津波が発生し、東海沿岸地方を襲った。伊豆下田、遠州灘、伊勢、志摩、熊野灘沿岸に押し寄せた津波で多くの被害を出した。伊豆下田では推定6~7mの津波が押し寄せ、948戸中927戸が流失し、122人が溺死したという記録が残っている。また、江浦湾でも6~7m、伊勢大湊で5~6m、志摩から熊野灘沿岸で5~10m大津波が襲来し数千戸が流失した。

 昭和東南海地震のときは、母の曾祖母が九十何歳かで健在だったという。母の曾祖母は、安政東海地震のときの大津波(5mから10m)を子供のときに体験していたのだ。
 母の実家は海岸から数メートルのところにあるから、安政時代にも昭和時代にも津波にやられた。昭和のときは、一階の鴨居まで浸水して、ふすまが全部流されたという。しかし、このときは家屋が倒れるようなことはなかった。
 今回の地震では、当日の5時ごろに叔父に電話してみたが、避難から戻ってきたところで、別に何ともなかったという。

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2011年3月16日 (水)

ボクサー弾を百発(3)

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 ピストルのCartridgeの図。これは1911年から1985年まで米軍の制式拳銃だったM1911用*の45口径カートリッジである。
Bullet=弾頭、Powder=装薬、Case=薬莢、Primer=雷管がCartridgeを構成する。
 Cartridgeはふつう「実包」または「カートリッジ」と訳する。カタカナを使うのは、「実包」を「空包」の反対語として用いる場合があるからだ。「弾薬筒」という日本語は英和辞典用の説明的な訳語であって、ふつうは使わない。
(説明的な訳語と言えば、life-preserverを英和辞典で引くと「護身用の棍棒」と書いてあるが、だからといって「サー・ジョージ・バーンウェルは壁から護身用の棍棒を取った」などという訳文を作っては変だ。http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/4_c4f4.html)
 cartridgeは可算名詞で一発二発と数えるが、不可算名詞としてはammunitionという単語がある。これはふつう「弾薬」と訳する。
「弾薬筒」という日本語は、cartridgesまたはammunitionを入れておく筒みたいで変である。cf.「矢筒」「茶筒」など。
「弾丸」「弾」という日本語は、弾頭のみを指すのかカートリッジ全体を指すのか曖昧であるが、特に厳密に区別する必要がない場合も多い。「ボクサー弾を百発持って」と言えば、弾頭だけということはあり得ない。

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*村上春樹の『1Q84』でベレッタM92が米軍の制式拳銃だと書いてあるのは時代錯誤だ。1984年にはまだコルトガバメント(M1911)が制式のはず。1984年ではなく1Q84年だからベレッタでも構わないということか。

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2011年3月15日 (火)

不可抗力

いずれの当事者も、本契約上の義務の履行が遅滞しまたは履行がなされなかった場合、当該遅滞または不履行が影響を受けた当事者の合理的な制御を超える事由(以下「不可抗力」という)により引き起こされた限度において、相手方に対し責任を負わないものとする。かかる事由は、天災地変、政府または政府機関の行為、法律・規則・命令の遵守、火災、嵐、洪水、地震、戦争(宣戦布告の有無を問わない)、反乱、革命、暴動、ストライキ、ロックアウトを含むが、これらに限定されない。

Neither party shall be liable to the other for any delay or failure in the performance of its obligations under this Agreement if and to the extent such delay or failure in performance arise from any cause or causes beyond the reasonable control of the party affected (“Force Majeure”), including, but not limeted to, act of God ; acts of government or governmental authorities, compliance with law, regulations or orders, fire, storm, flood or earthquake ; war (declared or not), rebellion, revolution, or riots, strike or lockouts.

 上は見本だが、私は3月10日にだいたいこれと似た条項を含む契約書を日本語から英語に訳した。ところが原文日本語を書いた人は欲張りで
「不可抗力の事態が生じた場合、両当事者はできる限りその事態を改善すべく最善の努力を払う」
という条項をつけ加えていた。「これは翻訳できません。『どうしようもない』から不可抗力というのではありませんか」と書いておいたのだが……
 天災は英語ではact of Godである。

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2011年3月 9日 (水)

ボクサー弾を百発(2)

I have always held, too, that pistol practice should be distinctly an open-air pastime.

「ピストルの射撃というものはかならず野外でなされるべきスポーツだと私はかたく信じていた。」
「かねがね私はピストル射撃などというものは、本来、戸外でやるべき娯楽だと思っている。」

 ワトソンがこう信じていた/思っているということで、これはこれで結構だ。
 しかし、「室内ピストル射撃」はスポーツ/娯楽としてちゃんとあったのだ。saloon pistolという特別のピストルを使った。

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 saloon pistolは辞書にも出ている。リーダーズ英和辞典には「射的場用ピストル」とある。
 弾倉がなく単発であることは見れば分かる。弾はせいぜい22口径くらいの小口径でリムファイアのごく威力の弱いものを用いた。引き金は初めからヘアトリガーにしてある。室内で数メートルの射程で紙製の標的に正確に命中すればよいのだ。人間を的にする拳銃とは違う。
 ホームズもワトソンもサルーンピストルのことぐらいは知っていたはずだけれども、そんな軟弱な遊びは問題外だと思ったのだろう。ホームズはこういうピストルを使ったのではない。悪者を撃つためのふつうの拳銃に少々細工して室内射撃に用いたのだ。 

 しかし武器にならない威力の弱い道具を使う、サルーンピストルとよく似た発想の遊びは日本にもあった。楊弓である。

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 森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』に浅草の奥山の楊弓店の話が出て来る。

 楊弓店のある、狭い巷に出た。どの店にもお白いを附けた女のいるのを、僕は珍らしく思って見た。お父様はここへは連れて来なかったのである。僕はこの女達の顔に就いて、不思議な観察をした。彼等の顔は当前の人間の顔ではないのである。今まで見た、普通の女とは違って、皆一種の stereotype な顔をしている。僕の今の詞を以て言えば、この女達の顔は凝結した表情を示しているのである。僕はその顔を見てこう思った。何故皆揃ってあんな顔をしているのであろう。子供に好い子をお為というと、変な顔をする。この女達は、皆その子供のように、変な顔をしている。眉はなるたけ高く、甚だしきは髪の生際まで吊るし上げてある。目をなるたけ大きくみはっている。物を言っても笑っても、鼻から上を動かさないようにしている。どうして言い合せたように、こんな顔をしているだろうと思った。僕には分からなかったが、これは売物の顔であった。これは prostitution の相貌であった。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/695_22806.html

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2011年3月 8日 (火)

ボクサー弾を百発(1)

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I have always held, too, that pistol practice should be distinctly an open-air pastime; and when Holmes, in one of his queer humours, would sit in an armchair with his hair-trigger and a hundred Boxer cartridges and proceed to adorn the opposite wall with a patriotic V. R. done in bullet-pocks, I felt strongly that neither the atmosphere nor the appearance of our room was improved by it.
(Musgrave Ritual)

 また、ピストルの射撃というものはかならず野外でなされるべきスポーツだと私はかたく信じていたが、ホームズがその変な好みから、微力発射装置つきのピストルとボクサ弾を百発もって、ひじ掛けいすにおさまったまま、正面の壁のヴィクトリア女王を弾痕で飾ったときは、さすがに呆れてしまった。部屋の空気も空気だし、体裁だってそんなことをされたんじゃ、たまったものではない。
(延原謙訳)

 一つ誤訳があるのはすぐ分かりますね。新しい訳では

 さらにつけくわえるなら、かねがね私はピストル射撃などというものは、本来、戸外でやるべき娯楽だと思っている。それだから、ときにホームズがいつもの気まぐれで、肘かけ椅子に触発引き金(ヘアトリガー)つきのピストル一挺と、ボクサー式弾薬筒百個を手にしてすわりこみ、向かいの壁面になんとも愛国的な"V.R."なる文字を弾痕で浮かびあがらせたりするのを見るにつけ、それでこの部屋の雰囲気や外見がいささかなりと改善される訳でもなかろうに、と憤懣やるかたない思いにかられるのである。

(1)ボクサー式弾薬筒は、英陸軍のボクサー大佐によって発明され、採用されていた弾薬筒の総称。
(2)"V.R."とは、”ヴィクトリア・レギーナ"(女王ヴィクトリア)のこと。
(深町真理子訳。(1)(2)は『マズグレーヴ家の儀式書』の終りにつけられた訳注)

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 延原訳では不敬罪ものだ。a patriotic V. R.の訳はこうあるべきだ。
 しかし、まだ問題がある。深町さんが悪いのじゃなくて、(1)日本語そのものに問題があり、(2)ワトソンの書いた原文の英語が不正確だから。

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2011年3月 7日 (月)

ワトソン博士伝(17)

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 国王陛下の政府はむろんシャーロック・ホームズを忘れなかった。外相のエドワード・グレイと首相のハーバート・ヘンリー・アスキスが揃ってサセックスの寓居を訪れて出馬を請い、ホームズは二年間にわたってあのフォン・ボルクを出し抜こうと骨を折ることになる。名探偵は諜報活動の締め括りに昔のよしみで親友のワトソンを呼び寄せた。1914年に先立つ数年間、二人が会っていなかったことは明らかだ。「この年月で君はどんな風に変わってしまったかな?」とホームズは尋ねたのだった。ワトソンは、ハリッジまで来いというホームズの電報を受けると昔のようにすぐに駆けつけた。二度目の結婚以来羽振りがいいようで、自家用車を持っている。ホームズはワトソンをよく見て「君は昔とちっとも変わらず元気だね」と言った。六十二歳の老兵に対しては大変な賛辞だ。戦争が始まってワトソンがどんな役割を果たしたかは分からない。年齢を考えると海外に派遣されたとは思えない。しかし何らかの資格で、たぶん軍の病院の医師として、お国のために働いたに違いない。

 1763年8月に、ジョンソン博士は友人のジェイムズ・ボズウェルを伴ってハリッジの海岸を歩いた。そこで二人は「抱擁し合い愛情を込めて別れた」という。1914年8月に、シャーロック・ホームズとドクター・ワトソンは月光に輝くハリッジの海を見ながら「むつまじく語り合った」。

「東の風になるね、ワトソン」
「そんなことはなかろう。ひどく暖かいもの」
「相変わらずだねえ、ワトソン。時代は変わって行くけれど、君はいつまでも同じだ」
(ワトソン博士伝完)

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2011年3月 3日 (木)

ワトソン博士伝(16)

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 ワトソンが二度目の結婚をした後どういう生活をしていたかは、残念ながらほとんど分かっていない。クィーン・アン街へ引っ越したのはまた医業を再開するつもりだったのかどうかも不明である。この問題は『マザリンの宝石』が正典に含まれるか否かにかかっている。本当にワトソンのノートを編集したものだとすれば、事件の日時は『空き家の冒険』より後であり、さらにワトソンが二度目にベイカー街から出たときよりも後であることは明らかだ。同じように当時ワトソンの医業が繁盛していたことも明かである。(正典だとすると、編者はワトソン夫人だったかも知れない。彼女は夫が事件で果たした役割を誇りに思ったに違いない。)このころワトソンの関心は外科の方に向かっていたのかも知れない。1903年にはワトソンは開業医として「ひとかどのものになっていた」(『這う男」)。
 これに対してホームズの後期の経歴はある程度まではっきりしている。1907年までには諮問探偵の仕事からは完全に引退していた。ワトソンとの接触はめったになかったが昔の友情は続いていた。サセックスでの侘び住まいをワトソンが訪ねていっしょに週末を過ごすこともときどきはあった。しかしワトソンがどこでどう暮らしていたかについてはやはり手掛かりがない。
 1914年8月2日になって、再びワトソンがちらりと姿を見せるが、登場はこれが最後である。ここでも我々が読めるのは編集の手が入ったテキストであるが、『最後の挨拶』の冒頭はワトソンのノートに書いてあったのをそのまま写したものだろう。

  It was nine o'clock at night upon the second of August――the most terrible August in the history of the world. One might have thought already that God's curse hung heavy over a degenerate world, for there was an awesome  hush and a feeling of vague expectancy in the sultry and stagnant air.

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2011年3月 2日 (水)

ワトソン博士伝(15)

 二度目のワトソン夫人は誰だったのか。この点についてもワトソンは寡黙である。もうベイカー街に住んでいないこと以外は何も語っていないから、伝記作家は推測をめぐらすしかない。二通りの可能性がある。ワトソンはしばらく前から結婚を考えていたのか、それとも人生の一大転機が生じて急な決断を迫られたのか。第一説の証拠らしきものとしては、1902年9月にはもうクィーン・アン街に引っ越していたことが挙げられる(『高貴な依頼人』)。だから新生活を始めるつもりがあったと言えなくもない。ところがワトソンはこのころもホームズといっしょに、トルコ風呂からあがって「休憩室で汗の引く間、快い疲労のうちに煙草をやっていた」のである。

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 第二説は、一層興味深い推定に基づいている。ワトソンの再婚は1902年の年末か翌年の初めで、『高貴な依頼人』の事件からしばらくたってからだった。この事件はワトソンに並々ならぬ印象を与えた。ワトソンは女性を敬い弱きを助ける騎士道精神のある男で、窮状にある女性は特に彼の心を動かした。* それにヴァイオレット・ド・メルヴィル嬢は「若く美しく教養もある、どの点から言っても非の打ちどころのない人」ではなかったか。婚約者の本性の暴露という恐るべき事件の後では、ワトソンが(むろん然るべき間隔を置いて)慰問に訪ねたとしてもごく自然ではないか。それにワトソンは、モースタン嬢に求婚して以来、一種特別な「技術」を身につけていた。ド・メルヴィル嬢は上流階級で町医者上がりなどには手の届かぬところにいるはずだという異議が出るだろうか。しかし、この場合は考慮すべき重要な事情があるのだ。ド・メルヴィル嬢の父親は軍人だった。しかもアフガニスタンで手柄を立てた軍人、「カイバル峠で勇名を馳せたあのド・メルヴィル将軍」なのだ。ワトソンの義父にふさわしいではないか。いずれにせよ、ワトソンの再婚とともにホームズとの親密な継続的関係は終った。むろん二人が親友であることには変わりはなく、ホームズは「活劇が予想される事態が起きて信頼するに足る豪胆な相棒が欲しいとき」にはためらわずワトソンを呼び寄せるのだった(『這う男』)。

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*ホームズの多くの事件のなかからワトソンが選んで発表したものに、困難に陥った淑女が助けを求めてきた事件が多いことに注目すべきだろう。『花婿失踪事件』『まだらの紐』『ぶな屋敷』『孤独な自転車乗り』『チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン』『第二の汚点』『ヴェールの下宿人』などがある。

◇ワトソンの「後妻」と書くと何だか変ですね。「第二のワトソン夫人」ではイスラム教徒みたいだ。

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2011年3月 1日 (火)

漂泊のジプシー(2)

 1985年5月28日、ドイツ連邦議会におけるヴァイツゼッカー大統領の演説

 5月8日は心に刻むための日であります。心に刻むというのは、ある出来事が自らの内面の一部となるよう、これを信誠かつ純粋に思い浮かべることであります。そのためには、われわれが真実を求めることが大いに必要とされます。
 われわれは今日、戦いと暴力支配とのなかで斃れたすべての人びとを哀しみのうちに思い浮かべております。
 ことにドイツの強制収容所で命を奪われた 600万のユダヤ人を思い浮かべます。
 戦いに苦しんだすべての民族、なかんずくソ連・ポーランドの無数の死者を思い浮かべます。
 ドイツ人としては、兵士として斃れた同胞、そして故郷の空襲で捕われの最中に、あるいは故郷を追われる途中で命を失った同胞を哀しみのうちに思い浮かべます。
 虐殺されたジィンティ・ロマ、殺された同性愛の人びと、殺害された精神病患者、宗教もしくは政治上の信念のゆえに死なねばならなかった人びとを思い浮かべます。

 大統領はZigeunerが使えなくてSinti Romaと言った。我々日本人はジプシーを何十万人もつかまえて殺したわけではないので、自粛しなくてよい。それに水谷驍『ジプシー』によれば、「我々はロマではない」と主張するジプシーもいるらしい。

 ハヤカワ文庫の大久保康雄訳はジプシーとしている。
「差別語」のモンダイはむつかしい。ジプシーや支那まで使ってはいけないと言い出すバカがいるから、使えるときは公共の福利のためがんばって使っておかねばならない。
 しかしどこまで突っ張るかはむつかしいところだ。「ジプシーでなくてはだめです」とあくまでがんばるべきか。
 高島俊男先生は「支那はわるいことばだろうか」を書かれたが、支那でつまづく読者を遠ざけないように中国も使っている。小谷野敦先生だってバカは相手にしないとは言わない。

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