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2011年4月14日 (木)

1903年のキャッチ・アズ・キャッチ・キャン

 1903年に撮ったキャッチ・アズ・キャッチ・キャンのフィルムがyoutubeで公開されている。
http://www.youtube.com/watch?v=bIGCTyUchaY

Getdata

CATCH-AS-CATCH-CAN WRESTLING
American Motoscope Wrestling & Biograph
1903 H33648

  というタイトルは、投稿者が勝手につけたのではないと思う。
 面白いでしょう。
 この動画を見た者たちのコメントがまた面白い。たとえば

This is cool stuff, but I'm surprised not to see any submission holds or attempts. Is this really catch, or just wrestling as we see in? our high schools and colleges now? Catch nowadays is all about pain from submission holds.
carnivalwrestler 1年前

(これはクールだね。しかしサブミッションホールドが少しも見られないし仕掛けようともしないのにはビックリだ。これって本当にキャッチなのか、それとも現在高校や大学で見るただのレスリングなのか? 今日キャッチと言えばサブミッションホールドの痛みのことだ。)

 馬鹿なコメントを書くやつだ。サブミッションなんかが出るはずがないじゃないか。英語ではcatch-as-catch-can=freestyleなのだ。これはもう証明済みだ。
 柔道か柔術かという記事を(1)から(65)まで書いた。一つだけならば、柔道か柔術か(38)を見てください。http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/38-d2f6.html ここではOEDを引いて、catch-as-catch-canの定義と例文を見た。
 フリースタイルレスリングの歴史http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-d1c0.htmlでは、英連邦アマチュアレスリング協会のサイトを翻訳してキャッチ・アズ・キャッチ・キャン=フリースタイルであることを証明した。
 ところが英語が分からないのは日本人だけじゃないようだ。この動画に英語でコメントを寄せているのはたいてい英米人だろうが、全く駄目だ。英語を知らない。
 1903年は明治36年である。夏目漱石が『吾輩は猫である』を書いたのは1905年(明治38年)である。漱石デビュー前の日本語が今の日本人に読めないことがある。同じように、アーサー・コナン・ドイルが『シャーロック・ホームズの帰還』をストランド・マガジンに連載し始めたころの英語を今の英米人は読めない/読まないようだ。だからビル・ロビンソンのレスリングがキャッチ・アズ・キャッチ・キャンだと思い込んだら……

003584_000015_1222305155

 英語が読めない分からないだけじゃなくて、書けない英米人が多い。この動画に寄せられているコメントは、たいてい英語が間違っている。バカが意見を言うようになった(©小谷野敦)のは日本だけではない。この動画を見れば中学生か高校生くらいの少年のアマレスの試合だとすぐ分かるはずなのに、昔のプロレスはどうこうなどと書いている奴がかなりいる。お前らの目は節穴か?
 
 おまけ。もっと古い19世紀のレスリングの映像。Ringkämpfer(レスラー)1895年 http://www.youtube.com/watch?v=ehdxytFM2I0&feature=related グレコローマンの模範試合でしょう。

(参考)世界中の研究者がしのぎを削る中、初めて、商業利用に耐え得るような映写装置(手描きのデッサンではなく、実写映像を再生する装置)の発明に到達したのはアメリカのトーマス・エジソンである。この装置が商品化された1894年には、ニューヨークをはじめとする合衆国内の主要都市とパリ、ロンドンにキネトスコープパーラーもオープンし、大成功を収めている。http://www.geocities.jp/sakushiart/eiga.htm

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コメント

ご紹介受けた動画拝見したのですが本当にサブミッションがありませんね。
しかし何か不思議な物ですね古来のレスリングというのは。がぶったりフォールを奪う為に腕を絡めて肩を付かしたりなど様々な動きをしますがその中で首をこうしたら痛いとか足をこう捻れば痛い等の相手を痛めつける技は生まれなかったんですから。動画内でも締めたり関節技を狙わない辺りが返って不気味です,こういう体と体様々な動きで成り立つスポーツですから多少その道を研究した時代があっても不思議では無いような気もします。しかし無いと言うことは禁止されていた可能性もあるんじゃ無いですかね?^^;
私は不遷流や克己流などの古流柔術が好きで今のプロレスにおけるサブミッションが柔術からきているという話はとても興味深いですし推しているのですがそれにしては不思議な点があったものでコメントを投稿させて頂きました。

投稿: | 2015年4月20日 (月) 02時32分

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