« よく降りますなあ | トップページ | アリストテレスの探偵小説論(7) »

2011年6月19日 (日)

1993年の女子プロレス

『1976年のアントニオ猪木』の柳澤健氏の新しい本が出た。
 しかし、女子プロレス? そんなもの一度も見たことがないぞ。
 アマゾンの紹介
 
 社会現象にまでなったクラッシュ・ギャルズが引退し、女子プロレス界が迎えた冬の時代。それを打ち破ったのは、ヒールのトップに立つブル中野だった。観客の心を掴む天才・長与千種の手によりクラッシュブームは生まれた。デビル雅美が「男子も含め、100年に一人の天才レスラー」と評した長与の天性の表現力に対抗するため、ブル中野は過激で激しいプロレスに活路を見出すようになる。ヒールでありながら、完璧なジャーマンスープレックスを繰り出す技術。100キロを超える巨体で殴り、蹴り、そして飛ぶ迫力。アジャ・コングとの2年にもおよぶ抗争の中で、かつて女子中高生が黄色い歓声を上げていた観客席は、マニアックな男のプロレスファンが大半を占めるようになっていた。
 1990年11月14日、横浜文化体育館。ブル中野は、金網の最上段に立ち、顔の前で手を合わせて拝んだ。「背骨が突き抜けて死ぬかもしれないけど、まあいいや」。そう思った次の瞬間、ブルは4メートル下のリングに横たわる宿敵・アジャ・コング目がけて飛んだ。この夜、ブル中野は「ブル様」として、また伝説のダイビング・ギロチンを受けたアジャは「アジャ様」として特別な敬意を払われるレスラーへとなった。
http://www.youtube.com/watch?v=PvjmB_MZ88M

 これは確かにすごい。
 柳澤氏はもちろんブル様とアジャ様の両方から話を聞いている。このインタビューがまたすごいのですね。どうすごいか? まあ読んでみることですね。
 誰がどういうふうに話を聞いてくれるかによって、インタビューというのはすっかり話すことが変わってしまうものらしい。
 むかし大宅賞を受けた女流ノンフィクション作家が長与千種をインタビューして、「いかにも」という答えを引き出したらしい。ところが柳澤氏が冒頭でその答えを引用して「……とおっしゃっていました」と聞くと

長与 じつは逆なんです(笑)。

 あっさりひっくり返してしまう。それから二段組み30頁以上のインタビューだ。何でも話す。どうも驚いたね。インタビューはプロレスなのだ。「プロレスラー」としての柳澤氏が分かるためには、インタビューされている場合も読んでみるとよいかも知れない。

『1976年のアントニオ猪木』を紐解く(1)--(5)
http://allabout.co.jp/gm/gc/212934/ 以下。

――話を伺うだけでも、緊張感が伝わってきます。
柳澤「だって相手はアントニオ猪木だよ」

|

« よく降りますなあ | トップページ | アリストテレスの探偵小説論(7) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/40454116

この記事へのトラックバック一覧です: 1993年の女子プロレス:

« よく降りますなあ | トップページ | アリストテレスの探偵小説論(7) »