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2011年6月 2日 (木)

アリストテレスの探偵小説論(5)

 八章では筋の統一についてアリストテレスが貴重な助言をしてくれます。主人公に関わりのあることを何でもかでも述べる必要は毛頭ない。たとえば、シャーロック・ホームズについて書くとすると(ここではアリストテレスの原文を少し変えて引用します)

「主人公がどこで生まれたか、大学はオックスフォードだったかケンブリッジだったかなどには触れなくてもよろしい。あるいは実際に過去に起きた事件でも、当面の問題に無関係ならば書かない。だからワイン商人のヴァンベリー、アルミニウム製松葉杖、悪名高きカナリア調教師ウィルソン、イザドラ・ペルサーノと謎の虫などの件も詳細は分からなくて当然なのだ。」

 探偵小説の筋は
「行為の再現である限り、統一ある行為、しかも一つの全体としての行為を再現するものでなければならない。さらに出来事の部分部分は、その一つでも置き換えたり引き抜いたりすれば全体が支離滅裂になってしまう、というように組み立てねばならない。」

 つまり、「お気に入りを抹殺せよ」というのが作家心得の第一なのですね。どうしても美文を書きたいのならば、それを解決の重要な手掛かりの中に組み込んでしまうべきです。置き換えたり引き抜いたりできないようにするのです。『トレント最後の事件』でマーローの部屋の描写が出てきますね。あれは彼がO.U.D.S.のメンバーだった、だから演技ができるはずだ、ということを示す手掛かりになっているでしょう。『カナリア殺人事件』のポーカーのシーンも、殺人者の性格に光を投げかけるために必要です。あるいは『月長石』の「ふるえる砂」の描写も、ペンキの付いたナイトガウンの発見に向けた準備になっていますね。そういうふうに組み立てねばならない。

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