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2011年6月21日 (火)

アリストテレスの探偵小説論(7)

 科学的な細部についてはあくまで正確でなければならないとアリストテレスは考えていました。もし仮に何かあり得ないような仕掛け(たとえばすぐに効いて死をもたらすが検出はできない毒など)を使わなければ芸術的効果が得られないのならば、非常手段として使うのもやむをえないという意味のことを言っています。

「しかしもし技術的正確性を犠牲にせずに同じ程度の芸術的効果が得られるのならば、「あり得ない」ことを正当化してはならない。もしできるならば、記述はいかなる誤りをも含んではならないからである。」(25章)

 だから、ジョン・ロード氏の『自動車の死体』でラジオから検知できないガスが出るというのは、科学的に不可能とは言えないのでまず許容できます。しかし同じ著者の『毒をどうぞ』でゴム製湯たんぽからシアン化水素ガスというのは、どんなものでしょう。実際には効果がないだろうという話ですが。
 さて、探偵小説の筋に必要不可欠な三つの要素、ペリペテイア(運命の逆転)、発見、苦難については、アリストテレスは正しい意見を多々述べています。苦難については縷説に及ばないでしょう。アリストテレスの定義によれば、これは「人が破滅したり苦痛を受けたりする行為であり、たとえば殺人、拷問、負傷、その他これに類することである。」(12章) もちろん探偵小説ではこういうのはいくらでもあります。言っておくべきことがあるとすれば、苦難は何らかの形で筋を前に進めるものでなければならないということです。単に感情をかきたてるため、ましてや筋の弱さから注意を逸らすために苦難を強調するというのはいけません。
 運命の逆転は登場人物全員に起こることもあれば一部の者だけということもあります。被害者は、大金持ちのことが多いけれども、単なる死体にされてしまいます。あるいは読者の期待を裏切って実は死んではいなかったという場合もある。容疑者にされた人は大変な不幸を経験したわけですが、死刑囚監房から解放されて恋人の腕の中に帰る、大逆転であります。探偵は何度も間違ったあげくにようやく正しい解決を見つける。このようなペリペテイアが話を前へ進ませ、読者の恐怖や同情などを呼び起こします。こういう出来事は偶然に起こるのではなくて、何らかのハマルティア、すなわち主人公の宿命的過ちによってもたらされるのがベストです。この過ちには色々な種類がある。主人公自身が性格が悪いから苦難を受けるのか、それとも悪い女と結婚したからか。愚かにも素性の怪しい金を借りてしまうとか、たまたま大金が手に入ったのが間違いの元ということもありますね。無実の被疑者が愚かにも殺された人と大げんかをしてしまったとか、誰か他人をかばおうとして証拠を隠したせいで疑いを招くこともある。このようにあらゆる種類の欠陥がゆたかなペリペテイアをもたらすのです。

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コメント

ピーター・フォークが亡くなりました。がっかりして、言葉もありません。
ワシントン・ポスト電子版の訃報を読んでいたら、こんな表現に出くわしました。
“I've been asked a few thousand times how much of Columbo is Falk and vice versa,”
he wrote in his memoir. “For years I’ve had a stock answer: ‘I’m just as sloppy as the lieutenant but not nearly as smart.’
これは彼の自叙伝「Just One More Thing」からの引用のようで、たしかにこのやり取りが出てきます。
気になったのがand vice versaの部分。
日本語訳では「コロンボとフォークは(どこが似ていて)どこが違うか」でした。
非才な私は「コロンボのどこまでがフォークに似ていて、フォークのどこまでがコロンボに似ているか」
と訳すべきかと考えました。間違いですか。

投稿: ころんぽ | 2011年6月26日 (日) 00時38分

おっしゃる通りだと思います。しかし、服装は似ているが、頭は違う――答えをこういうふうに訳してしまうと、問いの訳も日本語訳と同じことになってしまう。比較級がないのだから仕方がないか? むつかしいものですね。

投稿: 三十郎 | 2011年6月26日 (日) 11時44分

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