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2011年7月15日 (金)

アリストテレスの探偵小説論(9)

 さて、ここまで来ると、我々はぜひ24章の一節を見なければなりません。ここでアリストテレスはまさに天才だけに可能なひらめきによって小説家の問題の核心を射貫き、探偵小説を書く技術を一語に要約して見せます。すなわちParalogismos(英語Paralogism)であります。

cf.リーダーズ英和辞典 paralogism
【論】 偽(ぎ)推理《論者自身の気づかない誤った推論》
 
 この言葉はすべてのミステリ作家の書斎の壁に金文字で書いておくべきであります。作家の導きの星であり読者をたぶらかして沼地に誘い込む鬼火であります。すなわち偽推理、誤った推理をさせる術でありますが、アリストテレスはもっとむきつけに率直な言葉を使っております。ではこの一節を見てみましょう。きわめて重要な箇所です。
 ホメロスは――アリストテレスが現代人だったらもっと適切な例を、たとえばノックス神父だとかアガサ・クリスティ女史だとかを挙げたでしょうが、ここではオデュッセウスを念頭においているのでしょう、ホメロスを例に取っています。
「ホメロスはほかの誰にも増して我々に正しくウソをつく方法を教えてくれる。すなわち偽推理の利用である。もしAがあればその後件としてBがあるという場合、人は逆に「BがあればAがある」と考えがちであるが、これは誤った結論である。それゆえ、Aは偽であるが「もしAが真ならばその後件としてBがある」という場合は、Bをつけ加えて示さなければならない。後件が真であることを知っていると、我々は前件も真であるという誤った推論を行いがちである。」

cf. 前件=antecedent  後件=consequent
  仮言的命題における前半と後半
If Caesar conquered Gaul, he was a great general.
において、Caesar conqured Gaulが前件、he was a great generalが後件。(ランダムハウス英和辞典より)

 これです! これこそ探偵小説の秘訣です。ウソをつく技術であります。1冊の本のはじめから終わりまで、著者の狙いは読者を惑わせること、ウソを信じ込ませることです。真犯人が無実である、無辜の者に罪がある、探偵が正しいとき間違っていて間違っているときに正しいと信じ込ませること。偽のアリバイが成り立つ、現場にいる者が不在である、死者が生きていて生者が死んでいると信じさせること。要するに真実でないことを信じさせることであります。
 ウソをつく技術です。しかし、ここで注意していただきたいのは「正しく」ウソをつく技術ということであります。これが要です。単なるウソならばどんなバカでもつくことができる。どんなバカでも信じることができる。ところが「正しく」というのは、ウソではなく真実を語っておいて頭のよい読者が自分でウソをついてしまうようにさせることです。作家自身が真っ赤なウソをつくというのは、探偵小説の原理に反するのであります。アリストテレスは驚くなかれ二千何百年も前に「読者に対するフェアプレイ」という探偵小説の鉄則を打ち出していたのです。Aは偽でありBは真である。この場合、作家は自分の言葉で「Aである」と言ってはならないのです。作家が自分の言葉で言ったことは、読者が信じられるのでなければならない。しかし作家は「Bである」と言っておいて――これは真である――読者の方が「Aも真である」という誤った結論を引き出すようにさせる――これはもちろん許されるのであります。

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