« アリストテレスの探偵小説論(10) | トップページ | アリストテレスの探偵小説論(12) »

2011年8月19日 (金)

アリストテレスの探偵小説論(11)

[ロジャー・アクロイド殺しのネタバレあり注意]

 つまり、こういうことです。ジョーンズは10時に帰宅したと執事が証言したとします。この執事の主人は「あれは絶対にウソなどつかぬ男だ」と保証します。我々読者は執事の言うことを信ずるべきでしょうか? とんでもない。主人はだまされているのかも知れない。いや主人の方が執事をだましているのかも知れない。あるいは、執事の証言を裏付けてやるのには、主人なりの理由があるのかも知れないでしょう。
 しかしもし作者が「執事が真実を語っていることは誰にも疑えなかった」と言うのならば、読者としては執事の証言が正しいと信じざるを得ないでしょう。作者自身が自分の責任で、疑いは不可能だったと言っているのですから。
 ただ、ここで忘れてはならないのは、語り手が作者であるとは限らないということです。『ロジャー・アクロイド殺し』では、物語を語るのは探偵の「忠実なるアカーテス」であります。現代風に言えばワトソンであります。特殊から一般へと議論を進めて、オリジナルのワトソン博士が善良な人間であったから、すべてのワトソンはそのワトソン性によって善良である、と結論したくなるものですが、これはもちろん誤った推論であります。「道徳的価値とワトソン性は切り離せない」なんてことは決してありません。あるいは、最初の男が罪を犯して「妻のせいです」と言った。だからといって、男はみんな罪を犯せば妻のせいにするのだ、という結論を出すのは間違いです――実際には、妻のせいにする場合が多いのですが。ごくまれに、ちゃんと結婚しているのに妻のせいにしない男もいるはずですが、そんなのは男じゃないなんてことにはなりません。はじめに罪なきワトソンがいた。しかし、犯罪的なワトソンの存在可能性は否定できないでしょう。あるいは、ロジャー・アクロイドのワトソンが犯人だったと分かったからと言って(このネタバレはOKですよね?)、読者が作者に対してケシカランと言う権利があるでしょうか? クリスティ女史はあの男のワトソン性は確かに保証しましたが、道徳的価値までは保証していないはずです。

|

« アリストテレスの探偵小説論(10) | トップページ | アリストテレスの探偵小説論(12) »

コメント

ピエール・バイヤールの『アクロイドを殺したのはだれか』と『シャーロック・ホームズの誤謬』は読まれましたか。久しぶりに知的興奮を味わいました。
閑話休題(横溝正史ならところでとルビをふる)
「ホームズ・ドイル・古本 片々録」というブログは楽しいですよ。
http://blog.livedoor.jp/bsi2211/

投稿: | 2011年8月20日 (土) 16時32分

まだ読んでいません。熊谷さんに教えてもらった本も注文したし、バイヤールも早速注文します。ありがとうございます。
ホームズ・ドイル・古本は渋いですね。ジェーン・ラッセルの西部劇『ならず者』を子供のときに見たというのだから、相当のおじいさんですね。知らないことが多い。

投稿: 三十郎 | 2011年8月20日 (土) 17時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/41280247

この記事へのトラックバック一覧です: アリストテレスの探偵小説論(11):

« アリストテレスの探偵小説論(10) | トップページ | アリストテレスの探偵小説論(12) »