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2011年8月22日 (月)

アリストテレスの探偵小説論(12)

 ここまで来ると、次に考察すべきは「性格」であります。これについてはアリストテレスは実に20世紀的な考え方をしておりました。性格は良くなければならないと言うのです。ただし、これはあくまで「比較的に見て」ということだと私は思います。つまり一番下劣な悪人でも下等な笑劇の登場人物のような怪物的カリカチュアであってはならない。ある程度の人間的重みがあって我々読者が真面目にとることができる人物でなくては困る。また妥当でなければならない。たとえば女が利口であるなんていうのはいけない。これは少々微妙な点ですね。グラディス・ミッチェル女史の作品に登場する悪魔的に頭がいいブラッドレー夫人などはどうでしょう。「認められない」とアリストテレスは言ったでしょうか? 少なくとも、頭のよさは性別と境遇にふさわしいものでなくてはならないでしょう。田舎牧師のお姉さんでオールドミスになっている人が、第一級の化学者顔負けの複雑巧妙な手段を駆使して毒殺をする、あるいはそういう毒殺事件を見事に解明する――なんてのは妥当ではありません。ほかの登場人物の性格も同じです。第三に、性格は似たものでなくてはならない(第15章)。ここの解釈については学者の意見が分かれています。似たものというのは「伝統に合致したもの」ということだという解釈もある。つまり悪人はあくまで悪人らしく、緑色の眼や口ひげや声の出し方からそれと分かるように書くべきだ。探偵は奇人であってパイプやドレッシングガウンに特徴があって――というのはちょっと旧式のモデルですが。こういう解釈には私は反対です。ここは現代ならば「リアリスティック」という意味だろう、つまり私たちの周囲にいる普通の人間と言動がそんなに違っていないということだと思います。ほかの章では(第13章)筋について述べる際に、犯人がどこから見ても全くの悪人――偽金造りで人殺しで姦夫で泥棒であるといったようなやつではいけないと言っています。アデルフィ劇場で上演しているメロドラマの悪い男爵みたいなのでは困るのです。まずまずまともな人だけれども一つだけ悪い欠点がある、というようなのが現代では最上の作家が賛同するところです。悪人が普通の人に似ていれば似ているだけ、その犯罪に対する憐れみと恐怖は増し、犯人だと分かったときの驚きも大きいのです。無実の容疑者や警察官についても同じです。そういうキャラクターの取扱でも、ある程度現実と似ていることが望ましい。最後に、これは一番大切だけれどむつかしいことですが、性格は始めから終わりまで一貫していなくてはならない。探偵小説の最後で犯人の正体が分かって大いに驚くのですが、「信じられない」と感じるのではいけません。「そうか、なるほど。今になってみればこの男には初めから人殺しをやりかねないところがあったのだ。頭を働かせさえすれば作者が提供した手掛かりから分かったはずなのだ」と読者が思うのがよろしい。たとえば『ぶな屋敷』では一児の父でごく愛想の良い男が登場しますが、子供がゴキブリをスリッパでたたきつぶすのを眼を細めて喜んでいるところから、その悪者性は明かだった。性格は終始一貫していました。性格に一貫性がないと行動の蓋然性が失われ、フェアプレイの原則に違反することになります。読者は物語の発端から終局まで一つのキャラクターは同一人物であると信ずる権利があるので、ユウェナリスの言うようにnemo repente fuit turpissimus(誰でも突然に悪者になったわけではない)。
 さて長々と述べて参りましたが、アリストテレスも言っておりますように、複雑な筋をなかなか上手に展開してきても、大団円で失敗する作家が多いのであります。これは特に探偵小説の場合に当てはまるのですが、講演の場合もまた然りであります。アリストテレスが文章の構成について述べたことは何でも基本的真理、内的真実に満ちていて、形式を問わず低級なものから高級なものまで文学全般に適用できます。アリストテレスには物事の根底に迫るところがある。探偵小説を芸術作品にしたければ、アリストテレスに読んで楽しんでもらえるように書くべきだと思うのであります。

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