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2011年9月14日 (水)

アマチュアリズムの伝統

丸谷 イギリスには、アマチュアリズムの伝統というものがあるんです。もっともアマチュアといっても、日本の素人とはまったく別の意味ですよ。
 一番の典型が、シャーロック・ホームズなんです。シャーロック・ホームズはたいへんな名探偵であり、警視総監もかなわない。それによって食べているわけじゃなくて、一流の知識人が、趣味として探偵をしているにすぎない。
 こういった態度がイギリスのあらゆる知的行動の基本にあるんですね。文学の場合もそうです。もちろん職業的文学者というものも存在するわけだけれども、その職業的文学者も、心がけとしてアマチュアであることを大事にしている。アマチュアがたまたま文学によって収入を得ている。知的な人間が素人藝として文学をする。しかし、その藝そのものは、シャーロック・ホームズと同じで、玄人以上である。それが大事なわけですね。(p.p.50-51)

 しかし重要なのは単にスコットランド・ヤードを批判することではなくて、その批判の性質である。ルコックにもむろんライバルはいた。ところがこのライバルというのが彼の上司なのに悪意で邪魔をして、あろうことか囚人が独房の窓越しにメモを受け取るのを見逃してやるのである。レストレイドのライバル意識にはむろんこのような唾棄すべき要素はない。プロの誇りであり、本職がアマチュアに反発しているのである。ソクラテスがソフィスト連中に憎まれたのは報酬を取らなかったからだ。ホームズも報酬を受けた事件はほとんどない。「ボヘミアの醜聞」では初めに千ポンドを受け取っているが、あれは当座の費用ということだったから後で精算したはずである。終幕ではエメラルドの指輪をくれるというのを断っている。シティ・アンド・サバーバン銀行に対してもかかった経費分だけいただければ十分ですと言う。ストーナー嬢には「報酬のことですが、私には仕事そのものが報酬なのです」と言う。一方、緑玉の宝冠を三千ポンドで買い戻したときはホルダー氏から四千ポンドを受け取っている。『緋色の研究』では「僕は連中の話を聞き、連中は僕の意見を聞く。それで料金をいただくわけさ」と言う。「ギリシャ語通訳」では探偵業で生計を立てていると認めている。「最後の事件」のころになると、スカンディナビアの王室やフランス政府から十分な報酬を受けたから引退して化学の研究に打ち込むこともできるのだと言っている。こうして見るとホームズも報酬を受けることはあるが、依頼人が支払えるときに限るらしい。それにしても役人ではなくフリーランスだから、昇進のことなどであくせくする必要はない。さらに方法が正反対である。ホームズは一旦捜査に取りかかれば枝葉の問題や眼前の事実によって惑わされたりはしない。これがソフィストの徒輩との違いである。(p.p.70-71 「シャーロック・ホームズ文献の研究」

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コメント

「思考のレッスン」は示唆に富む本です。
作家サマセット・モームが秘密諜報部員としてを雇われたりする
(もっと過去に遡っても例示できますが)のも
アマチュアリズムに原点があるということですね。
ホームズで言えば、警察官との会話で相手に敬称(Mr)を付けるか付けないか、
ここが重要なのだと思います。
ホームズの場合、ホームズが警察官を呼び捨てにして、警察官がホームズに敬称を付けている
シーンが散見されます。
明智小五郎と金田一耕助がホームズのような態度、口の利き方で警察官に臨むことなど
想像できないのではないでしょうか。

投稿: ころんぽ | 2011年9月17日 (土) 17時01分

英国はアマチュアリズムを貫くことが「できる」わけで、うらやましいですね。たとえば外交官。英国では西洋古典学専攻の者が外交官になるらしい。技能としてはフランス語くらいで、それくらいはできて当然だから、アマチュアでよろしい。日本では明治以降は漢学を修めた者が「四方に使いして君命を辱めず」とは行かない。専門技能をそなえたプロの外交官が必要だ。

投稿: 三十郎 | 2011年9月17日 (土) 17時13分

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