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2011年9月30日 (金)

一番の傑作は?

 正典六十篇のうち、一番の傑作はどれだろうか。私は「まだらの紐」がベストだと思う。読者のアンケートでも毎回これがトップに来る。ドイル自身も一番気に入っているようだ。「あり得ない話だ」とは誰もが言うことだ。トリックはアガサ・クリスティやドロシー・セイヤーズの時代にはもう通用しなくなったものだ。セイヤーズが一九三五年にオックスフォード大学で行った講演『アリストテレスの探偵小説論』(セイヤーズは『詩学』が最古の探偵小説論だという)で

「科学的な細部についてはあくまで正確でなければならないとアリストテレスは考えていました。もし仮に何かあり得ないような仕掛け(即効性の猛毒で検出不可能なものなど)がないと芸術的効果が出せないのならば、非常手段として使うのも止むを得ないとは言っていますが」

と述べたとき、聴衆も「まだらの紐」を思い浮かべたはずだ。しかし五年前に亡くなった大先輩をセイヤーズは尊敬していた。ホームズ譚が優れているのは「イマジネーションとスタイルのため」だと言ったのはエドマンド・ウィルソンだが、セイヤーズも賛成したに違いない。読んでいるときは情景がありありと目に浮かび、「蛇があんなことを?」などと考える暇がない。
 本書で紹介した英米の批評家や作家はみなシャーロック・ホームズを真面目に取り扱っている。作家はすべて「ホームズに負うところ」がありコナン・ドイルは「同時代でもっとも偉大なドラマ作家の一人」であろうとエリオットは言う。ところが第一章のロバーツ、ノックス、セイヤーズ、スタウトによる論考には、コナン・ドイルの名前は一度も出てこない。ホームズとワトソンは実在したのであり、原稿を編集して自分名義でストランド・マガジンに載せた「著作権代理人」のことは無視するのがエチケットなのだ。しかしシャーロキアンと文芸批評家はホームズ正典を高く評価することでは一致している。
 日本でもシャーロック・ホームズは百年以上前から広く読まれている。ホームズ研究もある程度進んでいるが、実在論に立脚したシャーロキアーナが少ないのは、たいていの読者が翻訳で読むからだろう。ドクター・ワトソンの英語はできれば原文で読みたいものだ。
 本書では私もシャーロック・ホームズをあくまで真面目に扱った。彼のことを真面目に考えていると、不思議なことにまるで探偵本人が実在するような気がしてこないだろうか? そうすると自然に読み方も変わる。それに正典の読みについては、延原謙氏が訳を始めた昭和初年とはずいぶん事態が変わった。「西洋事情」を知らないための誤解は少なくなったし、何でも調べる手段には事欠かない。延原氏の知らなかった飛び道具(インターネットなど)を活用すれば、誰でも斯学の発展に寄与することができる。
 しかしシャーロック・ホームズは別に研究すべきものではない。読んで愉しめばよいのだ。面白いことは請け合いである。
 幸い本文はペーパーバックで簡単に手に入る。インターネット上でも、たとえばCamden Houseというサイトhttp://www.ignisart.com/camdenhouse/ でストランド・マガジンに載った挿絵入りのテキストが見られる。
 翻訳の中では依然として新潮文庫の延原謙訳がベストだと言わざるを得ない(遺憾ながら)。新訳は出ているがどれももう一つだということはこれまで述べてきた。決定版が必要なのではないだろうか。これには乃公出でずんば……
(『シャーロック・ホームズの愉しみ方』の「むすびにかえて――さらにホームズを愉しむために」)

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コメント

市販されていないのが残念ですが、笹野史隆氏の訳業には敬意を表しています。
氏は同一の表現には敢えて同一の訳語を当てています。
これにより、たとえば「四つの署名」の冒頭における「緋色の研究の」に対するホームズの評価と
最後にメアリ・モースタンとワトソンが婚約したことに対する「お祝いは言えないね」発言が
実は原語では同一の表現を用いていることが日本語でもわかります。
ほかの翻訳家の方々はこのことに気がついていないのか、気がついていても文脈が異なるので
敢えて異なる訳語を当てているのかは不明ですが、おそらく前者でしょう。
「乃公出でずんば」
植村さんの個人訳全集は、是非日本人シャーロキアンによる注釈付きホームズ全集にしたいです!
これで有無を言わせぬ決定版になるでしょう。

投稿: ころんぽ | 2011年9月10日 (土) 21時07分

恐れ入谷の…… ありがとうございます。
笹野氏の訳は『白衣の騎士団』しか読んでいませんが、あれは立派な訳でした。ホームズも探して読みます。

投稿: 三十郎 | 2011年9月10日 (土) 21時24分

「株式仲買店員」に出て来るFranco-Midland Hardware Company, Limited
という会社の訳語に以前から引っかかっています。
①Franco-Midlandは「フランスと英国中部地方(間の)」という意味だと思われます。
だとしたら、それと分かるように訳出しなくてよいのでしょうか。
実際に、イギリスの陶器をフランスに輸出するのが仕事だと言っています。
②Hardware Companyは「金物会社」でしょうか。
金物屋と言うと、おやじが店先でやかんを磨いているイメージがあるのですが、
Hardwareと言っても前述のように陶器も扱っていますし、辞書を引くと
ガーデニング用品もHardwareの一部です。
いまの日本で言うなら「ホームセンター」に近いイメージではありませんか。
でも、この文脈で適当な日本語にするのが難しいですね。

投稿: ころんぽ | 2011年9月18日 (日) 10時23分

なるほど。フランコミッドランドに訳語を宛てるなんて考えなかったけれど、言われてみればそうですね。昭和30年代にはまだホームセンターはなくて金物店が主流だったけれど、英国はどうなのだろう?

僕は題名を「証券会社の社員」とするのはどうだろうか、やはり変だろうか、などと考えています。今は「株式仲買店」とは言わないのだから。

投稿: 三十郎 | 2011年9月18日 (日) 10時55分

たしかに題名も一考の余地有りです。
この古めかしい語感がホームズ物語っぽくて良いという考え方もあるかもしれません。
「証券会社」とするとちょっと商売の手を広げ過ぎかも。
狡いですが「株式ブローカー」でどうでしょうか。
でもこれでは法人より個人みたいですね。
クラークを「社員」と訳すとオフィサーも含んでしまいそうです。
厳密に訳すと「株式ブローカー会社の(一般)職員」辺りに落ち着くと思いますが
これでは幻滅ですね。

投稿: ころんぽ | 2011年9月18日 (日) 14時37分

思い出した。「フランコミットランド金物会社」なのに陶磁器を扱うとは変だという議論があったのでした。題名はまあ株式仲買店員が穏当か? 今なら証券会社社員(事務員という意味で)、昔なら株屋の小僧なのだけれど。

投稿: 三十郎 | 2011年9月19日 (月) 13時33分

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