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2011年10月21日 (金)

緋色の習作(2)

 しかし『緋色の習作』という訳語が適切かどうかは別の問題である。次のホームズの台詞にstudyが2度出てくる。

I must thank you for it all. I might not have gone but for you, and so have missed the finest study I ever came across: a study in scarlet, eh? Why shouldn't we use a little art jargon. There's the scarlet thread of murder running through the colourless skein of life, and our duty is to unravel it, and isolate it, and expose every inch of it.

 studyを「習作」で置き換えることができるか? 最初のstudyはどう見ても「研究の対象」という意味ではないか。2度目のstudyはart jargonであって、モーレー氏の言うようにA Study in Such and Such a Colorの形であるが、

  studyをOEDで引いてみる。意味は12に大分類されている。7番目が「研究対象」の意味である。

7. a. That which is studied; the object of one's study. Chiefly with possessive. 
 これは「研究の対象」である。
   
7. b. Something worth studying, or that requires to be studied; an object presenting effects of colour (and the like) attractive to an artist. Hence applied to the face registering an expression of incredulity, etc. (colloq.).
 「研究する値打ちのあるもの」→「見物(みもの)」

 art jargonというが、artに関係する意味は10番目に出てくる。

10. a. An artistic production executed for the sake of acquiring skill or knowledge, or to serve as a preparation for future work; a careful preliminary sketch for a work of art, or (more usually) for some detail or portion of it; an artist's pictorial record of his observation of some object, incident, or effect, or of something that occurs to his mind, intended for his own guidance in his subsequent work. Also, occas., a drawing, painting, or piece of sculpture aiming to bring out the characteristics of the object represented, as they are revealed by especially careful observation.

 下線を付さない部分はだいたい日本語の「習作」でよろしいだろう。下線部は習作ではなくて、それ自身独立の作品だろう。
 ホイッスラーのお母さんを描いた作品は、普通ならばportraitと呼ぶところだ。画家自身はarrangementと呼んだ。画題がお母さんでも景色でも同じだ、と言うつもりか。一般にはstudyと呼ばれた。しかし「習作」ではなくて立派な作品であることは間違いない。
 訳文はやはり「研究」くらいでしょう。A Study in (a) Color(s)でも、「研究対象」の意味になることはある。OEDの7.bの例文

1894 Yellow Bk. I. 192 The harpist, whose nose is a study in purples.

「鼻を紫色で描いてみた」のではなくて紫色は鼻という対象の(一時的ではあるが)属性だ。A Study in Scarletでも、事件そのものが「血の色」をしているのだ。緋色で描いてみたのではない。
 しかし「ダブルミーニング」とも言えなくはないが、英語では研究vs習作ではなくてstudyの一語だ。

◇「何が誤訳なのか、考えてみましょう」だって? 誤訳が誤訳なんですよ。私はそういうのを指摘した。「軍人の家庭教師」と「陸軍士官学校受験予備校の教師」では、大違いのはず。ところが「そんなことはもうずっと前からウィキペディアに書いてあります」と言ってきた人がいる。やれやれ。題名は特殊なので、研究でも習作でも別に誤訳ではない。そういう話ではないのですがね。

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コメント

しゃしゃり出て来ました。
発端は87年頃に書いた文章ですね。あの頃は学生でした。
いまも『シャーロツク・ホームズ大事典』(東京堂出版)という本に載っています。
根拠の一つに『四つの署名』でワトスンが
I even embodied it in a small brochure, with the somewhat fantastic title of
‘A Study in Scarlet.’
と表現していたことも挙げました。
題名が「研究」ならfantastic titleとは言わないのでは?という趣旨です。
題名が誤訳と言い切ったことについては賛否両論あってよいと思います(※)が、
それまでは一切、ホームズがart jargon(美術あるいは芸術に係る専門用語)
として‘A Study in Scarlet’を用いたという視点が欠けていたため、
ちょっと刺激的ではあったかもしれませんが、「誤訳」として指摘したものです。
(※)その後、BSIの会員でもある田中喜芳氏が海外のシャーロキアン多数
(対象がEnglish Native Speakersのみであったかは失念)に照会してくださったところ、
題名として「習作」が適切か否かについてやはり意見が分かれたそうです。


投稿: 土屋朋之 | 2011年10月22日 (土) 18時40分

>題名が「研究」ならfantastic titleとは言わないのでは?という趣旨です。
それは知りませんでした。しかし、それよりはじめてart jargonに注意を促したという功績が大ですね。僕は土屋さんに言われるまで気がつかなかった。そうですよね、「誤訳だ!」と強調して注目を促す値打ちがあったのだ。
1987年に学生でしたか。もっと年上の人かと思っていました。(水野氏はだいぶ先輩、熊谷氏は土屋さんよりは年上ですかね。)
英語のOEDの意味の分け方ももう一つはっきりしませんね。artの「作品」であるのはよいとして、(1)本来の作品の準備のための「習作」か、(2)それ自身で完結しているのか、の区別は出来るはずだと思うのだけれど、OEDの意味10では区別していない。

投稿: 三十郎 | 2011年10月22日 (土) 19時19分

三十郎さんの約20年後輩です。いつも生意気言ってすみません。

さて、2009年のThe Sherlock Holmes Journal(Vol29 No3)に WHY"A STUDY IN SCARLET"?
というエッセイが載りました。執筆者はDr Tim Healeyです。
Healeyは、ホイッスラーが自分の作品を酷評した美術評論家ラスキンを名誉毀損で訴えて勝訴した
ことを述べたうえで
Doyle's title,then,is an echo of Whistler's pretentious titling.
A Study in Scarlet as a title was a gentle evocation of
the libel trial that had so amused the country less than a
decade before.
とあっさり結論付けていました。

さて、あらためてホームズのセリフ
I must thank you for it all. I might not have gone but for you,
and so have missed the finest study I ever came across: a study in scarlet, eh?
Why shouldn't we use a little art jargon.
に戻ると、次のように締めくくられていました。
And now for lunch, and then for Norman Neruda. Her attack and her bowing are splendid.
What's that little thing of Chopin's she plays so
magnificently: Tra-la-la-lira-lira-lay.
あら、音楽の話題に変わっています。
このときホームズは実は絵ではなく音楽のことを考えていたのか?
"study"は、音楽用語ならば「習作」ではなく「エチュード」。
それならば、訳語は「緋色のエチュード」だったのか?
(刑事コロンボには「黒のエチュード」という作品もありました。)
ホームズの思考の流れが読めなくなりました。


投稿: 土屋朋之 | 2011年10月22日 (土) 21時57分

そうなんですね。音楽なのが僕も意外だった。ラスキン対ホイッスラーの事件は、昔「著名な反対尋問」という題の本(著名はどういう英語だったか、忘れた)で読んだ覚えがあります。裁判で証拠として提出された絵はバターシー橋を描いたもので(「この絵のどこが橋ですか?」「これでいいのです」などの遣り取り)、正式の題名はNocturn in Black and Goldだったと思います。「夜想曲」です。arrangementも「配色」だけではなくて「編曲」の意味がある。study=etudeは「習作」でもあり「練習曲」でもある。
もう一つ分からないのは、ホイッスラー自身がNocturnやArrangementを使っているのに、一般公衆がStudyをその同意語みたいに使っているのはなぜか?

投稿: 三十郎 | 2011年10月23日 (日) 18時51分

こんにちは。話題を変えて恐縮ですが

「『緋色の研究』か『緋色の習作』か」という論争が
JSHC内部であったためでしょうが、JSHC関連サイトでは
小説タイトルの訳し方の話題が盛り上がっているようです。

余韻というか。

光文社文庫も創元推理文庫の新訳も、タイトルには
『緋色の研究』を採用。流れは決まったと思うのですが…

投稿: 熊谷 彰(1952年生まれ) | 2011年10月24日 (月) 12時34分

熊谷さんもご登場いただきまして、恐れ入ります。流れは決まりましたか。僕も昔からクラブに入れてもらっていれば面白かったのだけれど、色々ありまして…… これからもよろしく。

投稿: 三十郎 | 2011年10月24日 (月) 17時44分

>流れは決まったと思うのですが…
掘り下げると面白い問題なのですが、守旧派の意見が強いのですね。
いずれ角川文庫でも新訳が出るでしょうが、100%「研究」だと思います、
タイトルは別にしても、文中で私が引用した箇所については、
「習作」なのか「エチュード」なのか、きちんと翻訳者の見解とその根拠を示して欲しいところです。
「研究」は無理です。art jargonなのですから。

投稿: 土屋朋之 | 2011年10月29日 (土) 09時32分

なるほど守旧派は強い。クラウン仏和辞典のetudeの意味(6)

(a) 練習曲.
~s (pour piano) de Chopin ショパンのエチュード(ピアノ練習曲).
(b) 習作,素描.
→ebauche.
(c) 試作,プラン.
~ sur la reforme fiscale 税制改革に関する試案.

投稿: 三十郎 | 2011年10月29日 (土) 11時37分

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