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2011年10月 3日 (月)

ホームズ翻訳への道

 延原謙が改造社版『世界大衆文学全集』でシャーロック・ホームズを訳したのが昭和三年(1928年)である(新井清司氏作成の書誌による)。(『シャーロック・ホームズの愉しみ方』p.30)

 私は上のように書いたので、「これより古い延原訳ホームズはありません」ということではない。そこまでは知らない、これだけ書けば十分だろうと思ったのである。
 延原謙訳のシャーロック・ホームズが初めて出たのは『ホームズ翻訳への道』によれば大正十年(1921年)のことである。博文館の雑誌『新青年』の大正十年十月号にコナン・ドイル作『死の濃霧』が載った。これは『ブルースパーティントン設計図』(ストランド・マガジン1908年12月号)の翻訳であった。このときは訳者名は雑誌に載らなかった。
 延原謙は明治25年(1892年)生まれ、1915年(大正四年)に早稲田大学理工学部を卒業した。専攻は電気工学であった。卒業後は大阪市電鉄部→日立製作所→東京電気会社と勤務先を替え、大正十年(1921年)に逓信省電気試験所の職員となった。大正十二年(1923年)の関東大震災は逓信省職員として経験したらしい。
 延原謙の翻訳は新青年編集長の森下雨村に高く評価されたらしく、以後『新青年』にホームズ物をはじめ探偵小説の翻訳を載せるようになる。延原がいつ翻訳家専業になったかは明かでないが、昭和二年にはまだ逓信省に勤務していたらしい。
 新井清司氏の書誌によれば、昭和六年(1931年)から八年(1933年)にかけて改造社から『コナン・ドイル全集』が出ている。これは全8巻で文字通りの全集ではないはずだ。シャーロック・ホームズは全部含まれていたようだが、訳者は延原謙一人ではない。横溝正史や木村毅なども翻訳を分担している。
 延原謙一人で正典全部の個人訳を成し遂げたのは戦後のことである。昭和26、27年に月曜書房から全十三巻の『シャーロック・ホームズ全集』が刊行された。第十三巻にアーサー・ウィテカー作のThe Man Who Was Wantedが「求むる男」という題で収録されている。正典の61篇目という扱いだったらしい。この月曜書房版が現在の新潮文庫版の元であるらしい。

 以上は、ブログ筆者が中西裕『ホームズ翻訳への道――延原謙評伝』を読み、ちくま文庫版シャーロック・ホームズ全集第十巻附録の新井清司氏による書誌も見てまとめたものだ。中西裕氏の書いたものは、私に言わせればもっとごちゃごちゃしている。延原謙が使ったらしい筆名の考証などもある。第一章は延原謙の父馬場種太郎の話である。本人が生まれる前から始めなくてもいいじゃないか。もう少し簡潔にまとめたらいいだろう――と思うのは、私が「書誌学」や「考証」というものを知らないからであるらしい。38頁にわたる巻末附録「延原謙著作目録稿」のような資料を作るには、こういう文章を面白がって書き読むことができる必要があるようだ。
 新井清司氏や中西裕氏の仕事は貴重だ。喜んで利用させてもらうけれども、自分で似たような作業をやるのは御免だ。
 

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コメント

こんにちは。

中西裕さんの本、ホームズ・クラブ内部の会報への
連載を単行本化したものなので確かに、つながり方が
ちょっと、という箇所ありますね。

ですが、巻末の目録と注釈は非常に便利。
さすが専門家というか、大いに利用しております。

投稿: 熊谷 彰 | 2011年10月 3日 (月) 12時44分

東京堂に「著者サイン本」があったので買いました。この間の台風の日です。いくら田舎住まいだといってもこれ位は持っていないとまずいだろうと思ったのです。ほんとに役に立ちますね。

投稿: 三十郎 | 2011年10月 3日 (月) 16時29分

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