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2011年11月17日 (木)

シャーロック・ホームズのfrontal development(5)

Phrenology_head

 モリアーティは1891年4月24日金曜日までホームズの顔を間近で見たことはなかった。しかし、1月4日以来、ホームズに迫害されていたから、「あいつはどんな顔をしているか? 頭の形はどうだろうか?」ということは、常に考えていたに違いない。
 あれだけの鋭い推理力を有する男だ、「Causality因果関係」や「Comparison比較」などの能力に対応する前頭の部分はよほど隆起しているだろう。
 ところが実際に顔を合わせてみると、おでこの盛り上がりはそれほどでもなかった。(モリアーティ自身は、はげ上がった額が丸く高く盛り上がっているのである。)

 You have less frontal development than I should have expected. おや、前頭部の隆起は思ったほどじゃなかったな。

「ガウンのポケットの中でピストルの引き金に指をかけているのは危ない」という次の台詞は、もう別の話題なのだ。
 シャーロック・ホームズの「前頭葉が発達していない(→頭が悪い)」なんてことを、モリアーティ教授が言うと君は思っているのかね、ワトソン君。唯一の敵の頭が悪いのだったら、犯罪界のナポレオンは枕を高くして眠れるだろう。抱き合い心中("locked in each other's arms")などする必要がない。

  これは私の独自の説ではない。英語では同じ趣旨を書いた文献がかなりある。たとえばThe History of Phrenology on the Webでは、骨相学全般について詳しく書いてある。骨相学では前頭葉などは問題にしないことも分かるはずだ。
http://www.historyofphrenology.org.uk/ 
 特にPhrenology in Literatureでは、19世紀の文学作品に対する骨相学の影響が論じられている。
http://www.historyofphrenology.org.uk/literature.html
 コナン・ドイルでは『バスカヴィル家の犬』と『最後の事件』に骨相学が現れるとちゃんと書いてある。(しかし、『ジェイン・エア』や『ボヴァリー夫人』にまで骨相学の話が出て来たのか。)

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コメント

なるほど。
これは註が必要ですね。
ネイティブでも骨相学のことを何も知らないと邦訳と同じような解釈をしそうです。

投稿: Hiro | 2011年11月17日 (木) 13時53分

「シャーロック・ホームズの科学捜査を読む」には、モリアーティ教授の台詞を骨相学で説明しているのです。ところが翻訳者はFRONTAL DEVELOPMENTを「前頭葉の発達」と解釈して平気だから困る。

投稿: 三十郎 | 2011年11月17日 (木) 14時59分

ちょっと思ったんですが、ホームズほどの人間でも~ということは、結果的にドイルは骨相学に疑いを持たせてしまっていますね。

投稿: Hiro | 2011年11月17日 (木) 21時12分

ドイルやワトソンのような医者で正規に医学を研究してきた者はもう骨相学は信じていないでしょう。頭蓋骨の外形ではなくて、中の脳みそについて「前頭葉」も含めて研究が進んでいたはずです。
モリアーティは専門が数学なのでねえ。

投稿: 三十郎 | 2011年11月17日 (木) 21時20分

私は、ドイルがlobeという単語を書き落としたのではないかと思います。
ですから、You have less frontal development than I should have expected. は
次の台詞とひと続きだと考えるべきです。
さもないと唐突過ぎます。
無論モリアーティは本気でホームズがバカだなどとは考えていません。
「ガウンのポケットから私を狙うなんて見え透いたことをして、
知恵者のホームズさんも案外やることが幼稚なんですね。
急にドアを塞いでもだめですよ、ミルバートンじゃないんだから」
とまでは言わなかったにせよ、モリーアティを前にして焦る大探偵をからかっているのです。
犯罪界のナポレオンですから、このくらいのことは「ほざく」でしょう。
私は延原さんの訳を支持します。

投稿: 土屋朋之 | 2011年11月17日 (木) 22時26分

どっちにしてもあまり科学的な発言とは言えないですよね。
ひょっとして、モリアーティは骨相学をジョークとして持ち出してきたんじゃないでしょうか。

投稿: | 2011年11月17日 (木) 23時01分

なるほど、そういう考え方もありますか。しかし、よく考えると、「前頭葉→頭が良い/悪い」も変でしょう。前頭葉に損傷があってもIQは変わらないので、人格が劣化するはず。延原訳を訂正する形で小林・東山訳が出たので、「前頭葉→知能」という誤解が一般化してしまったのだと思います。

投稿: 三十郎 | 2011年11月18日 (金) 07時20分

brainではなくskullの話だという趣旨は理解しました。
でも、なぜそれほどまでに皆(モーティマー&モリアーティですが)
ホームズの頭蓋骨に関心を示すのでしょう。
ホームズもそれを気味悪がらずに受け止めてますよね。
当時骨相学はそこまで浸透していた?
日本人だけが信じている血液型性格判断に近いのでしょうか。

怪人二十面相は明智小五郎に向かって言った。
「明智君、君はA型にしては緻密さに欠けるね」
みたいな話なのか。

投稿: 土屋朋之 | 2011年11月18日 (金) 19時57分

ほんとに変ですね。日本では「頼朝公六歳のみぎりのしゃれこうべ」なんて冗談なのに、あちらでは真面目に頭蓋骨の話をしていたのだ。

投稿: 三十郎 | 2011年11月18日 (金) 20時53分

コメントふくめひじょうに興味ぶかく拝読し、おおいに啓発されまして、小生もひとつ思いつきました。これはもしや脳の大きさの話なのではないでしょうか。
昔々、「ナントカ原人はカントカ猿人より頭蓋骨が発達し前額が丸く突出している故、より進化しており知能が高い」なんぞと習った記憶があります。年齢がバレますね(苦笑)。

投稿: たろう | 2011年11月18日 (金) 21時03分

脳の大きさもそうでしょう。ホームズがヘンリー・ベイカー氏の帽子をかぶってみて、「容積の問題だよ。これだけ大きな頭をもつ男だったら、なかみも相当あろうじゃないか」(延原謙氏の名訳!)と言う「青い紅玉」のシーンがありましたね。あれは冗談なのか。ホームズはマジだったのではないかと思います。

投稿: 三十郎 | 2011年11月18日 (金) 21時15分

「おや、前頭部の隆起は思ったほどじゃなかったな。」
結局、「モリアーティさん、あなたは何が言いたかったの?」
という疑問が残るばかりです。

投稿: ころんぽ | 2011年11月19日 (土) 09時17分

モリアーティは骨相学に凝っていて「推理力は頭の出っ張りに現れているはずなのに、おかしいじゃないか、ホームズ君」。骨相学はホームズもほぼ信じていたし、森鴎外も一概にニセ科学とは決めつけなかったのだと思います。

投稿: 三十郎 | 2011年11月19日 (土) 09時51分

当時の読者はこの一見意味不明な台詞を理解できたのでしょうか。

投稿: ころんぽ | 2011年11月19日 (土) 09時59分

ボヴァリー夫人やジェイン・エアにも骨相学が出て来たそうで、今の読者が読んでもさっぱり分からないけれど、19世紀の西洋人には「ああ、あれか。なるほど」だったのではないでしょうか。

投稿: 三十郎 | 2011年11月19日 (土) 10時17分

骨相学は現代の「血液型性格判断」に相当します。
23世紀の人類が、現代の「B型の人は~」などという文章を読んだら、何を言っているのかさっぱり判らないでしょうね。

投稿: 個人投資家 | 2011年11月19日 (土) 10時23分

う~ん、しかしドイル自身が骨相学を信じていなかったのなら、
ホームズやモリアーティという天才がそれを信じているという設定にしたでしょうか。
エンタテインメント作家としての判断かもしれませんけれど。
(あ、6番目のコメントは私です。名前を入れ忘れていました。すみません)

投稿: Hiro | 2011年11月19日 (土) 19時41分

ドイルが信じていなかったかどうか、僕は断定的に書いてしまったけれど、微妙ですね。森鴎外も医者なのだけれど、1900年に真面目に「ガルの学説」を書いてますからねえ。鴎外もドイルも前頭葉のことなども医者として知っていたけれど骨相学もありだと思っていたのかも知れない。
このころ、ローベルト・コッホ対ペッテンコーファー(森鴎外の先生)のコレラ菌による決闘があった。ペッテンコーファーがコッホの準備したコレラ菌を飲んで見せたけれども、少々下痢をしただけで無事だったはず。
19世紀のことは今の基準では分からない。

投稿: 三十郎 | 2011年11月19日 (土) 21時01分

>ころんぼ氏
昭和の日本人の小生としましては、「秀でた額」なる描写につきあたると「知的な人物なのだな」と読み取り、「額が異様に狭く」と書いてあれば「粗暴さを表現しているのだな」と思ってしまいますねえ。
現実にはそうではないと知っていても、往時はそれが定型表現でしたから。
漫画や人形劇に大頭でデコッパチのキャラクタが登場すれば、だれもが「彼は(エキセントリックな)天才なのだな」と了解した程度には、
ホームズの読者にとって骨相学は了解事項だったのではないでしょうか。
こういったことはホームズ物語には多いですね。
「ブリグストン通りでアメリカの金持ちが死んでいるが物取りにあったようすはない」やら「12時までに教会へ行く意味は明らか」やら、
小生には当初チンプンカンプンだったものです。

投稿: たろう | 2011年11月20日 (日) 21時48分

シャーロキアンの水野雅士氏が2008年12月9日に行った講演で
パジェットの描いたホームズの肖像画に言及して「聡明さを思わせる広い額、意志の強そうな顎の線」
と仰っておられるそうですが、額の広さや顎の線と聡明さや意志の強さの相関関係なんて実証されていません。
にもかかわらず、現代日本人ですらこういう発言をします。
シャーロキアンではない、ニューヨーク在住のアメリカ人の婦人(友人の夫人)に聞いてみたところ、
彼女は「意外に頭が良くないということを婉曲に言ったもの」と解釈したそうです。
モリーアティの「おや、前頭部の隆起は思ったほどじゃなかったな。」
は、骨相学に照らしてホームズの聡明さを評価したものと理解して良いのではないでしょうか。
したがって、前頭葉云々は訳し過ぎ。
意訳には違いありませんが、延原訳で合格点をあげられるのではないかと思います。

投稿: 土屋朋之 | 2011年11月23日 (水) 17時47分

おっしゃるように前頭葉は訳しすぎでしょう。仏訳、独訳でも前頭葉の意味は出ていない。ところが仏訳や独訳なら正しいとは限らない。面倒です。

投稿: 三十郎 | 2011年11月23日 (水) 17時51分

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