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2011年12月23日 (金)

椿姫とは違います(4)

 共産主義者の婦人共有制とやらに対する我がブルジョア諸君の道学者めいた驚きほど笑うべきものはない。婦人の共有は、共産主義者が実施するまでもない。それはこれまでほとんど常に実在していたのだ。
 我がブルジョア諸君は、公娼については言わずもがな、プロレタリアの妻や娘が自分らの自由になるだけでは飽き足らず、自分らの妻を互いに誘惑し合うことに、無常の楽しみを見出してきたのだ。 
 ブルジョアの結婚は、実際には妻の共有である。だから彼らが共産主義者を非難できたとしても、それはたかだか「共産主義者は偽善に覆われていた婦人の共有の代わりに公明正大な婦人の共有を企んでいる」と言える程度である。

 ブルジョアに限らず上流の結婚は「実際には妻の共有」である場合があった。結婚前は必ず処女でなければならなかった。しかし結婚後は……
 ウィンストン・チャーチルのお母さんの場合。

(1880年、チャーチル8歳のときに、ウィンストンの父母である)ランドルフ(・チャーチル)夫妻がロンドンに帰ってからも、夫と連れ立たないジェニー夫人の姿が社交の場に目立つようになった。皇太子エドワードもその相手の一人であったが、何かにつかれたように毎日夜社交に熱中する彼女の姿を見て、家族や友人たちはその著しい変化に気づくようになった。ジェニーは生涯に数多くの男性を遍歴したといわれ、なかには皇太子エドワードのほかに、オーストリアのロンドン駐在外交官キンスキー伯爵、セルビア国王ミラン一世も含まれていた。
(関p.59)

「チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン」では、さる既婚の貴婦人の手紙が元で起きた大変な事件をホームズとワトソンが目撃することになった。上流の結婚は必ず「実際には妻の共有」だったとは限らない。しかし「ある一定の条件」が整えば、当人同士と周りの了解の下に「妻の共有」が実現する場合があった。この一定の条件が何であるかは、まだ研究していない。「跡継ぎの長男を産んでいること」が必要条件だったのではないかと思う。チャーチル家の場合は、長男ウィンストンが生まれていた。弟は夫ランドルフではない、誰か別の人の子だったらしい。しかし、これも「場合によっては」という留保を付けなければならないか。要するによく分からない。

Lillie_langtry_02

 リリー・ラントレーの場合は、1880年に皇太子と別れてから生活のために女優になったのは、ある程度「身を落とした」と言えなくもない。しかし腐っても鯛である。元皇太子の愛人であり「有夫の貴婦人」である。オーストリアの太公ルイ・バッテンベルグやアメリカの百万長者の愛人になった。夫は1897年になってようやくリリーと離婚して間もなく亡くなったが、本人は1898年、46歳のときに自分よりはるかに若い男爵と結婚し、モナコで1929年に亡くなるまで豊かに暮らした。
 椿姫とは違う。ヴィオレッタはドゥミ・モンデーヌでありクルティザンであった。恋人のアルフレードとの結婚はかなわず、結核で死ぬのである。いくら「高級」でも娼婦は娼婦である。妻の共有とは違う。
 日本の芸者の場合はどうか。お蔦も主税と添い遂げられずに死んでしまうのだった。しかし芸者が政府高官の妻になることもあったので、西洋とはだいぶ違う。
cf. 『湯島の白梅』http://www.youtube.com/watch?v=Ewf1brZMShY

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