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2011年12月 8日 (木)

誤訳談義

――『戦争と平和』を読んでおられるそうですね。
――いやね、北御門二郎という人の新訳が『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』の三部作について出版されているんだ。この間、この人の『トルストイとの有縁』という本を読んでね。昔、旧制高校当時に読んだ岩波文庫本の米川正夫訳、中村白葉訳がいかにひどい誤訳に満ちたものだったかを知らされて、いささかショックだった。それで、北御門新訳本六冊を買ったというわけ。
――前のはそんなにひどいんですか。
――「二十二年の経歴のある将軍」が「二十二歳の将軍」になっているとか、「除隊した兵隊はズボンから仕立てたシャツみたいなもんだ」というわけのわからん文句は、実は「ズボンからはみ出たシャツ」と訳すべきところだとか、思わず吹き出すような誤訳が、それぞれ何十箇所も指摘されてる。俺はこんな訳文で感激して読んでたのか、と慨嘆したくなるよ。
(倉田 p.p.74-5)

 私もむかし米川正夫訳『戦争と平和』を感激して読んでいたのでショックだ。ロシア語は読める人が少なかったから、とんでもない誤訳が放置されることもあったかも知れない。しかし英語は……牧師と神父の違いなんて誰でも分かるし、すぐ直せるはずじゃないか。

 ウィキペディアによれば

 北御門 二郎(きたみかど じろう、1913年2月16日 - 2004年7月17日)は翻訳家。レフ・トルストイの平和思想に共鳴し、農業を営みながら彼の作品を翻訳した。良心的兵役拒否をしたことでも知られる。
 熊本県球磨郡湯前町に生まれる。旧制第五高等学校(現・熊本大学)在学中にトルストイの『イワンの馬鹿』を読み絶対非暴力の思想に衝撃を受け、以後トルストイに傾倒。1933年に東京大学文学部英文学科入学。1936年6月、大学での学問に疑問を感じ、大学在籍のまま満州の哈爾濱(ハルビン)に渡り白系ロシア人にロシア語を学ぶ。体調を崩したこともあり、翌1937年5月に帰国。
 1938年、兵役拒否を図り遁走。家族の懇望で同年4月22日徴兵検査を受検するが結果的に兵役免除となる。同年東京大学を中退、熊本に帰り、球磨郡水上村に就農。晴耕雨読の生活を送る。瀧川幸辰・河上肇らと交流があった。地の塩書房刊『ある徴兵拒否者の歩み』(2009年にみすず書房で再刊)と、地元熊本の不知火書房刊『くもの糸 北御門二郎聞き書き』が詳しい。

 

 1958年、同人誌『座標』創刊に参加し、小説「仮初ならば」の一部を発表。完結後に単行本化を目指すが挫折。この頃からトルストイ文学の翻訳を志し、1965年青銅社から『生ける屍』『懺悔』を刊行。1966年から『復活』の翻訳に着手、同年青銅社が倒産後も家業の傍ら翻訳を継続。1973年、本多秋五の尽力で『神の国は汝等の衷にあり』(冬樹社)刊行。1976年、熊本県立宇土高等学校の生徒との共作として『イワンの馬鹿』版画集を共同出版。
 トルストイ三部作翻訳完成の後押しを受け1978年から翌年にかけて『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』(各東海大学出版会、のちに第16回日本翻訳文化賞受賞)。
 護憲論者であり、九州における護憲運動の象徴的人物としてしばしばジャーナリズムに登場した。
 2006年、童話民話集『トルストイの散歩道』全5巻(あすなろ書房)刊行。

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