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2011年12月 3日 (土)

theの発音(3)

[迷亭と独仙が碁を打つシーン]

「そうおいでになったと、よろしい。薫風南より来って、殿閣微涼を生ず。こう、ついでおけば大丈夫なものだ」
「おや、ついだのは、さすがにえらい。まさか、つぐ気遣はなかろうと思った。ついで、くりゃるな八幡鐘をと、こうやったら、どうするかね」
「どうするも、こうするもないさ。一剣天に倚って寒し――ええ、面倒だ。思い切って、切ってしまえ」
「やや、大変大変。そこを切られちゃ死んでしまう。おい冗談じゃない。ちょっと待った」
「それだから、さっきから云わん事じゃない。こうなってるところへは這入れるものじゃないんだ」
「這入って失敬仕り候。ちょっとこの白をとってくれたまえ」
「それも待つのかい」
「ついでにその隣りのも引き揚げて見てくれたまえ」
「ずうずうしいぜ、おい」
Do you see the boy か。――なに君と僕の間柄じゃないか。そんな水臭い事を言わずに、引き揚げてくれたまえな。死ぬか生きるかと云う場合だ。しばらく、しばらくって花道から馳け出してくるところだよ」

 このDo you see the boyは何だ? 
「ドゥー・ユー・シー・ザ・ボーイ」ではない。それでは意味不明だ。
 漱石は「ドゥー・ユー・シー・ゼ・ボイ」と読んだのだ。「ずうずうしいぜ、おい」と比べよ。
 残念ながらこれは私が発見したのではない。

 ときどき、「これは自分が書いたことにしたい」と思う文章がある。元東京高裁判事倉田卓次氏の『裁判官の書斎』に収める「漱石の『猫』の中の一行について」はその一つだ。最新版の漱石全集では、この箇所に倉田判事の発見を取り入れた注がついているはずだ。この本は今ならアマゾンで1390円で買える。絶対にお得な買い物だ。

 boyを漱石は「ボイ」と書いている。辞書の発音記号には長音符がないのでこの方が「正しい」はずだ。ほかには内田百閒が真似をして必ず「ボイ」と書いている。
 theは「ゼ」と書いた。プッシング、ツー、ゼ、フロントがそうであるし、『猫』にも「七代目樽金」が出て来た。

「何んでも昔し羅馬に樽金とか云う王様があって……」「樽金? 樽金はちと妙ですぜ」「私は唐人の名なんかむずかしくて覚えられませんわ。何でも七代目なんだそうです」「なるほど七代目樽金は妙ですな。ふんその七代目樽金がどうかしましたかい」「あら、あなたまで冷かしては立つ瀬がありませんわ。知っていらっしゃるなら教えて下さればいいじゃありませんか、人の悪い」と、細君は迷亭へ食って掛る。「何冷かすなんて、そんな人の悪い事をする僕じゃない。ただ七代目樽金は振ってると思ってね……ええお待ちなさいよ羅馬の七代目の王様ですね、こうっとたしかには覚えていないがタークイン・・プラウドの事でしょう。まあ誰でもいい、その王様がどうしました」

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