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2011年12月 4日 (日)

theの発音(4)

 1900年から1902年まで留学した漱石がtheの発音を聞き違えるだろうか。そのころロンドンでは、theはゼと発音したのではないだろうか。

 倉田判事は、もう一つ「面白い文献を見付けた」と書いている。南方熊楠全集(平凡社版)5巻550ページに次のような文章がある。

 大正十一年(1922年)七、八月の交、植物採集に日光へ往って湯本の旅館に泊まったとき、隣室に京浜のよほど豪家の子息らしい十七、八の若者が洋人二名と宿りおった。その様子が英語修練のため洋人の費用を出して起居一切英語専用で旅行とみえた。その若者がイロイロ話すをきくと、という冠詞を一々注意してと発音する。二人の洋人もお姫様が屁をすかすごとく徐(しず)かに話し、必ずといわずにといいおった。……

 倉田氏はもう少し長く引用している。南方熊楠は1867年生まれで漱石と同年である。1884年大学予備門に入って漱石や子規と同級生になった。1886年予備門を中退して渡米した。1892年イギリスに渡り1900年に日本に帰国した。漱石とは入れ違いである。南方熊楠は21歳から34歳まで

 主として英語圏に滞在し、そのうち九年間は大英博物館で十数カ国語の本を読んでいたという語学の天才である。百篇に上る英文論考を発表しているし、サーカス一座に同行中、踊り子宛の付け文の返事を代筆したという逸話に示される俗語会話の練達ぶりや中国語の四声を論じた文章からも、この人の英語発音を聴く耳の確かさは信用していいだろう。それがこのようにはっきりザではなくゼであると言うのは、彼が生活していた十九世紀末のロンドンの巷の発音は、ゼつまり[ðe]に近い発音だったことを推測させる。(倉田pp.54-5)

  倉田氏は(注)として、大野晋『日本語について』を引用して、時間の経過によって英語でも日本語でも発音は変わるものだと言う。今の学生の発音はwが消えて、例えば「河合さん」をkaaisan「買わない」をkaanaiと発音する傾向があるという。英語のtheの発音にもそういう変化があったのではないか――というのである。
 私(ブログ筆者)は、むかしは柔術を「充実」、武術を「ブジツ」と発音したことを書いた。『シャーロック・ホームズの愉しみ方』p.157とp.192。
 
 

   theの発音の変化について、倉田氏は「英語学者の専門的意見を叩いてみたい」と書いている。この本が出たのが1985年である。その後『英語青年』か何かでこの問題が論じられたことがあるだろうか?
 シャーロック・ホームズにとって、アイリーン・アドラーは常に「ゼ・ウーマン」であった。
(話は違うけれども、ブリティッシュ・ミュージアムのリーディングルームでホームズと南方が出会って意気投合し……というのはありですね。The Adventure of the Wild Folklorist ホームズもカルデア語の語根の研究などをしているのだから。)

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コメント

母音の前ではゼに近い音だからこれが原形だったのか?いつからか子音の前に置かれたとき音が変化したのか?

投稿: ころんぽ | 2011年12月 5日 (月) 08時07分

これがホントの如ゼ我聞

投稿: たろう | 2011年12月 5日 (月) 12時53分

今でもtheだよということを強調するときは「ジー」と発音しますね。あれとどういう関係があるか、それこそ誰か専門の人の意見を聞いてみたい。

投稿: 三十郎 | 2011年12月 5日 (月) 14時10分

さすがの明治大正期のインテリもTHEを文字通り?ゼと読む習い性になっていたのではありませんか。ホームズもホルムズと表記されていましたよね。滞英期間が長かったとしても綴りに引きずられると言うのはあり得ると思います。映画やビジネスシーンでネイティヴの発音に触れている現代人ですら綴り通りに発音して却って通じないことがあるではありませんか。

投稿: ころんぽ | 2011年12月 7日 (水) 19時46分

したがって当時も今もTHEの発音に変わりはないのではありませんか。

投稿: ころんぽ | 2011年12月 7日 (水) 19時49分

長谷川如是閑はparliamentをパーリアメントと書いているので、theをゼとしたのも同じことだ――と思うでしょう。ところが、さにあらず「実際にシャーロック・ホームズ時代の英国人はtheをゼと発音したのだ」というのが、倉田卓次氏の大発見なのですよ。
漱石が間違えるか? 南方熊楠ならどうだ? 南方の耳の確かさは信用してよいだろう。実際にゼというのが標準発音だったのではないか。専門家の意見を聞きたい――倉田判事はこう言っているのです。
倉田氏も初めはころんぼさんのように思っていたのだそうです。1922年(大正11年)生まれの倉田氏の父上がtheをゼと発音したので、明治の英語教育は遅れていると思っていた。ところが、南方熊楠が「ゼが正しいのに近ごろは英国人までザと言う。これは和臭に妥協しているのだろう(これは南方の誤解)云々」と書いているというのです。

投稿: 三十郎 | 2011年12月 7日 (水) 19時57分

「ぜ発音説」は当時の録音がないかぎり推察に過ぎませんが、興味深い話ではあります。ただし注意すべきこと(可能性)が2つあります。
* まず、時代に関わらず、強調していないときの the の母音はSchwaという中立的な母音であるため、聞く人の音の区別や話す人の癖によって[e]にも[a]にも[u](日本語の)にも聞こえる可能性があります。そして、英語を日本人から学ぶときに「ゼ」と習ったとしたら、実際の発音が多少違っていても常に頭の中で「ゼ」に変換してから認識する場合があります。同じことが現在の「ザ」にも言えます。私には「ザ[za]」と近いとすら感じません。とにかく英語では、ストレスのない母音は重要ではなくて聞き取りに重要なのは子音なのですから、それがSchwaならなおさらで、 [ðe]か [ða]かではなく[ð]だと考えるべきではないでしょうか。南方の例で言うと、若者が[za]と発音したのを西洋人が([ðe]でも[ða]でもなく今とほぼ同じ発音の)[ð]だと修正したのを南方がやむなく「ゼではなくザと言った」と表現した可能性です。日本語はa,i,u,e,oのいずれかの母音を追加しないと文字が書けないようになっていますから。
* もう一つは、1人の人間が徐々に変わっていくように同一言語の発音が徐々に変化するという場合もありますが、急激に別の発音体系に駆逐される場合もあります。社会的影響力のある集団の話し方が標準とされていたのが、ある時期別の集団が権力を握り、以後その集団の話し方が標準になるということです。 つまり、[ðe] が当時英国または英語圏に存在した様々な発音バリエーションのうちの1つに過ぎず、その時期その集団に社会への影響力があったが、同時期に現代の発音も存在していて後代に勢力を逆転させたという可能性も考えられます。明治時代に渡航した日本人が英国で聞いた発音がどこの地方のどの階層の人かによって日本に伝わる発音(どのカタカナで認識するか)が決まってしまいます。

投稿: ねこなん | 2015年4月10日 (金) 22時00分

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