« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月30日 (月)

正典研究から代理人の伝記へ

 私は二〇一一年に平凡社新書『シャーロック・ホームズの愉しみ方』を上梓した。医学博士ジョン・H・ワトソンの書いた正典の研究を進めれば、これを自分名義でストランド・マガジンに載せた「文学代理人」の生涯に関心を持つようになるのは当然のコースである。読者諸氏も「未訳の本格的コナン・ドイル伝+アップデート」には関心を持って下さるものと信ずる。
(ヘスキス・ピアソン『コナン・ドイル』訳者解説より――平凡社近刊)

3433014_com_3213834138_3da79ae288_

Arthurconandoyle007

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年7月21日 (土)

文学者の職業倫理

 コナン・ドイルの同時代にホール・ケインという何十万部も売れる小説家がいたが、彼の自己宣伝が度を越したとき、ドイルはこれを厳しく咎めた。ドイルの手紙のコピーが残っている。

 親愛なるホール・ケイン。君とマッシンガムの手紙が今朝着いた。僕の言うことが君に対して厳し過ぎるとすれば残念だ。むやみにむつかしいことは言いたくないのだが、自分の意見は言わざるを得ない。
 君の『マンクスマン』が刊行されたとき、この本に読者の注目が集められた方法が異常なことはあちこちで取り沙汰された。それから『クリスチャン』の場合も、同じように事前に一部が引用され評が出た。これはある程度までは君がコントロールできない事情によるものだということは分かる。しかし、君が新聞記者を十分監督せず、君ほどの作家に相応しくないことは書かせないように注意を払わなかったことも確かだ。積極的に自己宣伝をしたのではないにしても、これは由々しいことだ。新聞にインタビュー記事が出るのならば校正刷りを見て可能な限り不適切なコメントは削除させるのが義務だろう。これは自明のことではないか。僕が投書したのが何か別の記事のためだと君が思っているとしたら大間違いだ。ああいうことが許されるとすれば、文学者の職業倫理などは無意味になる。君が書けというような文を僕が良心的に書くことができればこんなうれしいことはない。しかし、あの手紙が急いで書かれたことは確かだとしても、君はあれをチェックしようとはしなかったし、一度も否定しなかった。あの中の一点だけは訂正する手紙を書いたが。
 君は色々と反撃してきたが、そんなことができる根拠はないのだ。医者の世界では(僕はその一員であるが)、職業倫理に反することがあれば医学誌上で公然と咎めてよいことになっている。法律家でも同じだろう。同業者に訴えるにはほかに方法がないと思う。批評がどうこうと言っているのではない。僕が問題にしているのは、君が自分で語ったことになっているインタビューの記事が出たことだ。
 僕は君の本の公刊前に投書した。どうしてこれが職業倫理に反するのだ? 不適切に前評判を煽ろうという試みに抗議するには、これが正しいタイミングではないか。僕の抗議は君の本自体とは何の関わりもない。本は成功して欲しいと思っていたし、今でもそう思っている。しかし、我々文学者は高い水準で職業倫理を守るべきだ。もし僕が職業倫理にもとることをした場合には君が咎めてくれればありがたいと思う。我々文学者が新聞や雑誌にかなり支配されているのは確かだ。しかし我々の方もその気になれば相手をコントロールできるはずだ。前に言ったように、僕はむやみに潔癖ぶるつもりはないが、不愉快で感謝されない仕事を誰かがしなくてはならないと思う。参考までに言っておくと、僕は自分が密接に関係している雑誌に対して先週、こんなことでは貴誌との関係を絶たなくてはならないと言ってやった。僕が載せている連載物を誉め称える広告を出したからだ。誉めたりけなしたりは批評家の仕事であり、作家や編集者がそんなことをしてはならない。この点については向うも商売だから、作家側がはっきりと態度を決めておかなくてはならないだろう。若い作家に職業倫理を守らせるには、君のような指導的立場にある者がお手本を示さなくてはならないのだ。
 むやみにやかましいことを言って済まないと思う。
         敬具
            A・コナン・ドイル

(ヘスキス・ピアソン『コナン・ドイル』平凡社近刊、第11章より)

 コナン・ドイルは、ストランド・マガジンがシャーロック・ホームズを「誉め称える広告」を出したとき、「こんなことでは貴誌との関係を絶たなくてはならない」と警告してやったという。「シャーロック・ホームズ好評連載中」というような広告がいけないというのは、ずいぶん厳しい。
 
  しかし、僕は幸い文学者ではない。翻訳業者である。「横のもの縦に直します」というだけである。『シャーロック・ホームズの愉しみ方』は幸いある程度売れているが、『コナン・ドイル』が前に出した『ガンディーと使徒たち』のように売れ残ったりしては悲惨である。
 それにドイルの場合は昔の話で、英米でも現代は事前事後のプロモーションをかなり熱心にやるらしい。新刊が出る前に、作家が一部を朗読している動画をAmazonに出すというようなこともあるという。こういうのをteaserという。(参照 strip tease)
 村上春樹はアメリカで「オーサーツアー」を断ったので評判が悪いのだという。新作が出るときには全米をまわって、朗読しサインするのが常識なのに、「そんなことはやりません」と断って、「ジョン・アップダイクでもやっているのに。何様だと思っているのだ」と言われたそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月17日 (火)

高島先生の新著

 本屋にはないし、広告も出ないし、アマゾンからはまだ送ってこないし、困ったものだ。
  連合出版ホームページを見ると

目次

    漢字の「慣用音」って何だろう?
    沖積層、沖積平野、洪積世
    漢字と日本語
    だれもがすることはするな
    赤穂とわたし
    母から聞いたこと
    卵の値段命の値段
    森外のドイツの恋人
    『新輯外箚記』
    私の古典
    つまらぬことに興味なし
    償ひの旅
    戦争中の軽井沢
    論語と孔子
    『国語改革を批判する』解説            


「あとがき」より

 ひきつづき第六冊も準備しております。なにとぞよろしくお願い申し上げます。

           二〇一二年五月       高島俊男

Tokyodofair_2

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2012年7月11日 (水)

チャーチルのお母さんの結婚

 四〇代の男ならば「娘を嫁にやった」経験がある者がいるだろう。しかし「お母さんを嫁にやった」という男は珍しいはずだ。政治家ウィンストン・チャーチルには、そういう経験があるようだ。
 1918年、チャーチルのお母さん(64歳)は、北ナイジェリア政府職員(イギリス人)で考古学者のモンタギュー・ポーチ(41歳)と結婚した。第一次大戦でタイムズ紙通信員を務めたレピントン大佐はこう書いている。
「ウィンストンは、『母の年齢の女性の間で結婚が流行しなければよいが』と言った。」(これはチャーチル母の三度目の結婚だった。ウィンストンの父ランドルフの死後、母は自分より20歳ばかり若い男と一度再婚している。)
 チャーチルは、たぶんお母さんの腕を取って「バージンロード」を歩き、お婿さんに引き渡したはずだ。
 

Fh000034

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »