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2012年8月 4日 (土)

ロンドン五輪(1908年)のキャッチ・アズ・キャッチ・キャン

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 1908年ロンドン五輪が開催された。キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・レスリングは大成功で、5カ国のレスラーがメダルを獲得した。グレコローマンでメダルを得たのは7カ国のレスラーだった。キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(フリースタイル)のバンタム級で銅メダルを得たカナダのオーベール・コテ選手はカナダ初のメダリストであった。彼は自分の農場を抵当に入れてロンドンまでの旅費を捻出していた。
 大英帝国のアレクサンドラ王妃がホワイトシティ・スタジアムで優勝者にトロフィーを授けたとき、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンは遂に国際的なアマチュアスポーツとして認められたのである。
1908年ロンドン五輪では、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンすなわちフリースタイル・レスリングは次の階級で行われた。

バンタム級 (54kgs)
フェザー級 (60.30kgs)
ライト級 (66.6kgs)
ミドル級(73kgs)
ヘビー級 (73+kgs)

オリンピックでの認知

 キャッチ・アズ・キャッチ・キャンがイングランドでアマチュアスポーツとして公式に認められたのは1888年にアマチュア体育協会によりオリンピック用のスポーツとして受け入れられて以来である。これは英国オリンピック協会のS・ド・カーシー・ラファンの努力による。彼は1914年のパリの会議でキャッチ・アズ・キャッチ・キャンをオリンピック種目に含めるべく論陣を張った。しかしその数日後に第一次大戦が勃発したのだった。
 英国は1908年ロンドン五輪の成功を以後繰り返すことはできなかった。外国では政治的イデオロギー的理由でアマチュアスポーツの支援を強化し、アマチュアリズムを逸脱するに至っているが、英国の政治家はオリンピックの理想を信じてか超然たる態度を取ってきた。近年ようやく変化に兆しが見えてきたが、もう英国のレスリングは手遅れだろう。レスリングの競技人口は激減し、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・レスリングのスポーツとしての存続は誕生の地で脅かされている。

 以上は以前に紹介した「フリースタイルレスリングの歴史」(英連邦アマチュアレスリング協会)の和訳です。キャッチのアマチュア試合があったのですよ。関節技や絞め技で勝負が決まったかどうか、記録を調べてごらん。「アームロックで一本勝ち」なんて新聞記事があるだろうか? 

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