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2012年8月25日 (土)

個人的に取らないでくれ

 村上春樹の小説では、主人公が「個人的に取らないでくれ」と言うことがある。
 英訳者が「春樹、こんな日本語はないよ」と言うそうだ。
 英訳すればDon't take it personal.である。と言うより、この英語を直訳したのが「個人的に取らないでくれ」である。
 インターネット上では、個人的に取らないでくれの英訳がDon't take it personally.であると書いてあるサイトが多いが、間違いである。personallyという副詞ではなく、personalという形容詞でなければならない。
 You take it personal.という英語を考えてみる。これはSVOCの文型である。OとCの間にネクサスの関係が成り立つ。すなわちIt is personal.が裏にあるのだ。 
 
 
  私はシャーロック・ホームズの翻訳について、
・牧師と神父を混同するようでは駄目だ。
・プロフェッショナル・ビューティは「商売女」ではない。
・アーミーコーチは「軍人の家庭教師」などではない。
・I am satisfied that the time has come when no good purpose is served by its supression.の訳として、「満足に思う」とか「うれしく思う」などという日本語が出てくるのはとんでもない誤訳だ。

 などを指摘してきた。このような誤訳指摘について、私は「個人的に取らないでくれ」と言いたい。
 N氏やH氏やF氏がどうこうと言いたいのではない。それに比べて私はエライだろうと威張りたいのではない。正典を正しく読むというのは、personalなことではなくて、impersonalな問題なのだ。
 シャーロック・ホームズは何と言っているか?

"No, it is not selfishness or conceit," said he, answering, as was his wont, my thoughts rather than my words. "If I claim full justice for my art, it is because it is an impersonal thing -- a thing beyond myself. Crime is common. Logic is rare. Therefore it is upon the logic rather than upon the crime that you should dwell. You have degraded what should have been a course of lectures into a series of tales."

 ワトソンがホームズのegotismを感じたのが顔に出たのに対して、ホームズは自分の推理というartはimpersonal thingであると答えているのだ。大切なのはlogicであり、シャーロック・ホームズがエライとか、レストレイドたちが駄目だとか、「誰がどうだ」という問題ではないというのだ。

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コメント

「個人的に取る」という日本語自体が×だと思います。
Don't take it personalは、仕事上で意見が対立したときなどに使う表現だと思いますが、
日本語で言うならもうちょっと丁寧に訳した方がよいと考えます。
「私情で言っているんじゃないんだ」
「君個人に対する批判・攻撃ではないよ」
とか。
それにしても、『コナン・ドイル』の「訳者解説」のミスをとらえて、
「『愉しみ方』を読むと他人にはかなり厳しいけど、自分だってミスってるじゃん」
みたいな批判があって、五月蝿いですよね。
『愉しみ方』によほどカチンと来た人が多いのかな。

投稿: ころんぽ | 2012年8月25日 (土) 14時57分

「個人的に取らないでくれ」は村上語ですね。村上春樹だって、アメリカの小説を翻訳するときにはそうは書かないと思う。
「訳者解説」にミスがあったかな? 自分で気がついた不正確な点は「日本語では三島由紀夫の伝記はない」と書いたときに、猪瀬直樹の書いたものを忘れていたことくらいです。

投稿: 三十郎 | 2012年8月25日 (土) 16時08分

某氏曰く

・"Chronology of Conan Doyle"は研究書による説明の食い違いをそのまま載せてある本。
例えば、ドイルの父チャールズの民間療養施設入院時期は1876、1879、1881年という
三通りの説明をすべて記載。
・植村氏がこの特徴を見落とされたのは残念。

某氏曰く

・「愉しみ方」を読んで感じたのは、
他者の間違いにはかなり厳しい意見を持っている方。
・植村氏の解説をかなり期待して読んだが、
コナン・ドイルの父が施設に入所した年を間違えて、
自説(p304)を書かれているのを読んでがっかりした。

投稿: ころんぽ | 2012年8月25日 (土) 16時45分

なるほど痛い点を衝かれた。正確なところは分からないので適当に書いておいたのです。この訳は間違いだという指摘は(語学さえできればよいので)できるけれども、ピアソンなりスタシャワーなりがこう書いているのは間違いで正しくは……という指摘ができるほど研究はしていないのです。
ブレアーノハウス入所が1881年という説は年譜にも書いてあるけれども、ピアソンの本文には「1881年の国勢調査でブレアーノハウスの入所者の一人としてカウントされている」という書き方なので、これは捨てるべきだろうと腰だめで判断したのです。1879年に入所したという年譜の記録も見たけれども、同年に精神病院に入ったとも書いてあるから矛盾する→これは採らない、という具合です。
再度、「個人的に取らないでくれ」。

投稿: 三十郎 | 2012年8月25日 (土) 18時12分

Innes,who was afraid of opposing his anti-conscription views in person
(誤)イネスは徴兵制に反対だったが、面と向かって言う勇気はなく=イネスは徴兵制に反対
(正)イネスは、兄の反徴兵制の考え方に面と向かって反対するのを恐れて=イネスは徴兵制に賛成

准将であるイネスは兄が「軍隊には事前準備が不要」というのが理解できない。
徴兵制=事前準備が必要だと考えていた。

投稿: ころんぽ | 2012年9月 1日 (土) 01時25分

昨今の読者は厳しいです。
以下「読書好き」さんによるアマゾンのブックレビューより引用:

訳者作成のアーサー・コナン・ドイルの略年譜に書かれている父チャールズの記述の間違い、
そしてこの略譜をもとにした訳者解説を読み訳者の力不足と情報不足を感じた。

コナン・ドイルの父が退職したのは1876年だが、アルコール依存症の治療所に入所したのは1881年である。
コナン・ドイルの書簡集を読めば入所するまで父親が家族とともに暮らしていることが判る。
なぜ、このような嘘を元にした解説を書くのか? 
コナン・ドイルの書簡集の邦訳が出たのは今年であるが、原文の書簡集が出版されたのは2007年である。
訳者が書簡集の存在を知らなかったとは言えないであろう。

チャールズとメアリ夫妻の子孫には「コナン・ドイル書簡集」の編者がいるが、
この妄説を読んだとしたら不快感を持つであろう。
コナン・ドイルの両親が自分の子供たちにつけた名前をみれば、恩人たちの名前をつけているのが判る。
末娘以外の子供たちの名前の由来を調べることもしていない。調べていれば妄言など言えないはずだ。
四女の「キャロライン・メアリ・バートン」と言う名前がどこから来ているのか、
訳者は知っているのだろうか。
父チャールズが昇給しなかった、と書いているが、僅かではあるが昇給している。
また、コナン・ドイルが大学に入学した時は父チャールズは退職をしていた、、
等々きりがないので指摘は止める。
しかし、もう一つ別書では他者の訳の間違いを指摘しているが、
この訳書には地名などの初歩的な間違いがあるので、引用する必要があるひとは要注意である。

この訳者解説がコナン・ドイルの母親が不倫をしていた、と言う証拠として活用されないことを
祈るだけである。

投稿: ころんぽ | 2012年9月 1日 (土) 01時38分

ご指摘の箇所。おっしゃる通りです。徴兵制→事前準備のはずだから変だなと思った記憶はあるのだけれど、間違った読みをしてしまって、自分の読みは正しいはずだと思っていたから、辻褄の合わないのは原文の方だろうと思ってしまった。翻訳おそるべし。修業して出直して参ります。

投稿: 三十郎 | 2012年9月 1日 (土) 10時12分

ドイルがdiplomaを受け取ってはしゃぐ様子を描いた自筆の漫画を幾つかのドイル伝で見かけます。
そこには「Licensed To Kill」の文字が。
License To Killと言えば、007の「殺しの許可証」だとばかり思っていましたが、
医師が自虐的に使ったり、医師を揶揄するときに使ったりする、常套句みたいですね。
007はそれをもじっていたのか。

投稿: ころんぽ | 2012年9月 7日 (金) 23時39分

「殺しの許可証」ありましたね。僕も007で初めて見たので、医者が使うのだとは知らなかった。

投稿: 三十郎 | 2012年9月 8日 (土) 11時52分

昨日の日経に、富岡幸一郎さんの書評が出ています。是非ご覧ください。

投稿: アッシュ | 2012年9月10日 (月) 10時57分

アッシュさん、ありがとうございます。私の「株式仲買人」からも日経に書評が出ていることを聞きました。富岡さんに誉めていただき、うれしい。しかし「評伝ではない」と書いているのは無視された。単なる「伝記」では子供のときに読んだエジソン伝なんかみたいで「評伝」と言った方がカッコいいだろう、というのでむやみに「評伝」を使うのはよろしくない――と問題提起したつもりだったのだけれど。
しかし、「訳者の詳細な解説」もよろしいと言ってもらったのだから、もって瞑すべきでしょう。
 富岡幸一郎氏の書評
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO45911420Y2A900C1MZB001/

投稿: 三十郎 | 2012年9月10日 (月) 21時07分

Regarding "Don't take it personal or personally", I don't know if in the past "Don't take it personal" was the correct syntax, but as of now it seems "Don't take it personally" is considered grammatically correct. You can look up some English-English dictionaries available online (I looked up Oxford, Cambridge and Longman; they all mention "Don't take it personally" as an example sentence but never mention "Don't take it personal". To be honest, I had been using "Don't take it personal" (because we say "Take it easy" and we never say "Take it easily") and no one in US dared to correct me, so that was counterintuitive to me. I am tempted to assume like this: up until a century ago "Don't take it personal" was correct but over the last one century people started using "Don't take it personally", and now majority ruled... But I could not find any evidence to support my assumption from the web. There is a song titled "Don't take it personal", but since the lyrics is quite colloquial, this song title per se cannot be a convincing evidence that it should be deemed grammatically correct. To conclude, I suppose "Don't take it personally" may be grammatically correct, at least as of now. Since you are reading classic British literature, maybe you have found evidences that "Don't take it personal" was treated as correct at that time? Above I was merely talking about contemporary American English.

投稿: kats | 2015年4月10日 (金) 18時41分

I completely agree with ころんぽ-san on "個人的に取る」という日本語自体が×."
Some translators in Japan are modifying Japanese language by distributing their translations. Younger generations read their translations and take it as a proper Japanese expression and start talking and writing like that. An awful thing.

投稿: miao | 2015年4月10日 (金) 18時50分

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