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2012年8月 7日 (火)

キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの憶説(本場版)

 catch-as-catch-canはfreestyleの古い言い方に過ぎないのですが、英米人でも分からない人が多いらしい。だから、「アメリカの那嵯涼介」みたいな人が上のような本を書いている。前にも書いたが、日本人だって、「活動写真=映画」はまだ分かるだろうが、「省線=国電」となると知らない人が多いだろう。同じように英米人も古い英語を知らないというだけのことだ。この本のカスタマー・レビューは英語で書いてあって、英米でもプロレスファンなどという人種は余り上等でないことがよく分かる。
 "Say uncle."というのはuncleが「参った」の意味になるので、これは英和辞典にも出ている。しかし、プロの試合の「タップ」ではなくて、子供の喧嘩でしょう。私も小学生のとき、隣の家の同じ年の子供と取っ組み合いの喧嘩をしたけれども、関節技や絞め技をかけるなどという恐ろしいことは考えたことがなかった。
 1908年のロンドン五輪では、バンタム級(54kg以下)からヘビー級(73kg以上)まで5階級にわたって、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン、すなわちフリースタイルのアマチュア・レスリングが行われた。
 この試合の様子は、当時の新聞雑誌に載っているはずだ。調べてご覧なさい。勝負はフォールで決まったので、アームロックで一本なんて試合はなかったことが分かるはずだ。
 同じ1908年にプロのキャッチ・アズ・キャッチ・キャン世界選手権が行われ、前田光世が出場したことも前に書いた。前田も柔道の技は封印して純レスリングで戦い、タイムズ紙上で絶賛されたのだ。

Wrestling_2
  左上のカラー写真はグレコローマンかも知れない。いずれにせよ、アマチュア・レスリングは百年前から現在と同じスタイルで行われていたのだ。昔はプロレスとアマレスが同じスタイルだったことは前に述べた。
  私は「反証を挙げてみろ」と言っているのだ。「何年何月にどこで誰対誰のキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの試合があってアームロックで一本が決まった」というような記録が残っていれば出してみてください。谷幸雄も前田光世も柔道技を封印してキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの試合に出て賞賛されている。そんな記録はないだろう、と私は見当をつけているのですが。「ないことを証明する」のは不可能だということは分かりますね。だから「反証を挙げよ」というのだ。
  谷幸雄が柔術の技を使ってキャッチ・レスラーに楽勝した試合の記録は私がこのブログで和訳している。谷がキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの試合に出て、柔術技を使わずに(すなわち、ほぼ現在のフリースタイルレスリングと同じレスリングをして)全英ライト級チャンピオンに勝った試合の記録も和訳した。グレート・ガマ対スタニスラフ・ズビスコの試合(1910年9月10日)もキャッチ・アズ・キャッチ・キャンであったが、サブミッションなし、勝負はピンフォールのみで決まるというルールで、大凡戦(引き分け)になって非難されたのだった。
 私は「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」と銘打った試合でフォールではなくサブミッションで勝負がついたものはなかったはずだ――と予想している。あったというなら一試合だけでもいいから、何年何月何日どこで行われた誰対誰の試合でどういう技で決着がついた、という記録を発掘してみなさい。

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コメント

http://www7a.biglobe.ne.jp/~wwd/PW100204//
上記サイトによると、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの試合でソラキチ・マツダがレッグロックで破れたとあるのですが、反証にはならないでしょうか?

投稿: | 2013年3月 8日 (金) 06時45分

なるほど。これは立派な「反証」になっていますね。そうすると、私のキャッチ=フリースタイル説は、「英国では」という限定をつけなければならなくなるか?
しかし、このレッグロックは「反則」だったのではないか? だから観客に非難されたのでは? 現代のアマレスのフリースタイルでも腕絡みなどをかけることはある。フォールを取るために腕絡みをかけるのは許されるが、腕折りをしてはいけない。腕絡みをかけられてギブアップということもない――のと同じなのでは?

投稿: 三十郎 | 2013年3月11日 (月) 11時01分

返信ありがとうございます。せっかくなので名前も付けてみました。

「反則」は考えにくいかと。表現からすると故意に折ったようですし、反則なら反則負けが妥当でしょう。
おそらく「禁止されていなかった」が正解なのではと思います。
反則ではないし、続行は不可能だからルイスの勝ちと判断されたのでしょう。
ブーイングについては、フォールが正当な勝ちという意識は間違いなくあるのだと思います。
現代のプロレスにおいてもフォールで勝つことが最も価値があるとされることが多いようですし。
また、アメリカではプロレス、MMA問わず足関節技が敬遠される傾向があるようです。
単純に、お金を払って見たのに一分弱で終了してしまった不満からの可能性もありますが。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~wwd/PW110515/
こちらの試合ではキャッチの試合で絞め技でタップアウトしたことが書かれています。
ルイスはウェールズ人、キャノンは全英王者のようですから、イギリスでもそういったことはありえたのかと想像します。

他人の資料ばかりを拝借して情けないのですが、参考になればと思います。

投稿: tetu | 2013年3月11日 (月) 22時38分

なるほど。tetuさんが挙げられたサイトの資料は信用できますね。かねてより注目しているレスリング研究者です。「キャッチにサブミッションはなかった」に対する反証になっている。私の説はかなり後退せざるを得ない。ウィキペディア英語版の「谷幸男」では、In those days, the practice and the concept of submission wrestling were not known to wrestlers.というようなことが書いてあった。あくまでピンフォールを狙うのが目的であったが、途中でネルソンやヘッドロックのような技をかけられて苦しいので相手がギブアップしてしまうことはあった。ただし、柔術の腕拉ぎ十字固めや腕絡みのような洗練されたサブミッション技はなく、そのような技を使って一本勝ちを狙うという考え方もなかったようだ――というところまで後退してしまいますか。前に私が紹介した英語ブログでは「昔のキャッチの技術書を見ると、チョークと関節折りはルールで明確に禁止されていた云々」と書いてあった。現在のアマレスとほぼ同じルールで戦うのが正規のキャッチ・レスリングだったが、サブミッション技を出すことは「可能」なので、プロ同士ならそれで勝負がつく場合もありだったのだろうか? スネークピット流のキャッチ・レスリングが古来からあったのではなく、対柔術戦の影響でサブミッション技が発達したのだろう、というのが私の見当です。ソラキチ・マツダの「頭突き」などは明確に反則のはずだったが、プロ同士では許容される場合があり、同じようにしてサブミッション技も次第にプロレスに導入されてきたのだろう――これはまだ当てずっぽうですが。

投稿: 三十郎 | 2013年3月12日 (火) 21時58分

http://www7a.biglobe.ne.jp/~wwd/PW100724//
こちらの試合では、グレコローマンの試合で絞め技で勝ったことが紹介されてますね。
おそらく、禁止技は国ごとや試合ごとにも違う事も多かったのではないでしょうか。
現在一口に「総合格闘技」といっても、リング・オクタゴンの違いや肘、踏みつけの有無など違いは多くある様に。
こちらの記事で気になるのは、絞め技がアメリカ的で残忍と紹介されていることでしょうか。
昔はイギリスでも有りだった物がアメリカで復活したのか、アメリカで新たに生まれたものなのかはよく分かりませんね。

日本の柔術における関節技・絞め技が、幕末から明治にかけての時期に急激に発展したように、レスリングにおいても賞金マッチなどの多く行われた時期に発展したというのは考えられると思います。
古流柔術の形に残る関節技などは、まさに相手を押さえつける為に使うもので、ギブアップを狙うものでは無いですからね。

個人的には、サブミッションがプロレスに導入された、というよりは、アマチュアでオリンピックルールが浸透した事で、より明確に分かれた、という方がしっくり来ます。
現在のフリー、グレコは「オリンピックスタイル」と呼ばれる事も有るようですし、初期のオリンピックはプロ的なものを嫌ったでしょうから。

投稿: tetu | 2013年3月13日 (水) 08時01分

こんにちは
試合だけが全てじゃないですよね?
「脇固め」のように、
肘関節に体重かけて ドスン、一撃で腕がおれますよね。
柔道と合気道の形として残してますよね。
試合では使えない、カールゴッチのえげつない関節技を道場で練習していたことは事実だと思います。
技術として継承?していたのではないでしょうか。

投稿: hiroyama | 2014年9月 2日 (火) 02時56分

まさに「試合だけがすべて」です。上記で紹介した本は「サブミッションで試合の決着がついた」というようなことが書いてあります。従来の「キャッチレスリング論」も同じです。それは違うだろう。試合の決着はあくまでピンフォールだけだったはずだ。サブミッションで試合の決着がついたというのなら、記録を出してみてくれ、と私は言っているのです。道場でサブミッション技を練習しなかったとは言っていない。そのサブミッション技は対柔術戦から学んだのだろう、と見当をつけているのです。

投稿: 三十郎 | 2014年9月 2日 (火) 16時03分

古い記事に対してのコメントで恐縮ですが、「試合だけがすべて」というのはどのような理由からそう考えられているのでしょうか。
試合の記録というものが証拠として強いことはわかるのですが、試合に記録がない技術が存在しないということであれば、日本の古流剣術や古流柔術に存在する技も全て存在しないということになっています。
天神真楊流や起倒流というのは後世に作られた偽史であり、柔道は嘉納治五郎がゼロから作り出したものである、などということがないように、キャッチレスリングという「競技」はなくとも、キャッチレスリングという「武術」は存在したのではないでしょうか。
「格闘スポーツ」という概念がない古い時代のボクシングやレスリングは「武術・護身術」として伝承されており、それがやがてスポーツ化したのではないでしょうか。
例えばボクシングの場合は、競技化される以前は棒術や投げ技も含む武術だったという記録が残っているそうですが。
「キャッチレスリングの試合があった」というのが後世の創作であっても、キャッチレスリングとその関節技自体は、対柔術戦の以前から、土着の武術として存在したという可能性はあるのではないでしょうか?

投稿: | 2014年11月 8日 (土) 23時51分

また、新紀元社から発行されている「中世ヨーロッパの武術」という、中世の武術書を翻訳した書籍がありまして、大半は剣術の技術書なのですが、その中に「レスリング技」として、投げ技や関節技が多数取り上げられています。
イギリス式だけでなくドイツ式レスリングも含まれているとのことですから、直接キャッチレスリングに繋がるかどうかはわかりませんが、18世紀のヨーロッパに多彩な関節技を持つレスリングが存在したということは確かなようです。
以上のことについては、どうお考えでしょうか。

ブログにおいての考察、大変に興味深く読ませていただき、コメントを書かせていただいた次第です。
返答等いただければありがたく思います。

投稿: | 2014年11月 9日 (日) 00時28分

なるほど。「柔術でも試合に使えない技があった。レスリングも同じだろう」というのは説得力がありますね。考えてみなかった。しかし、レスラーの対柔術戦では関節技でひねられているのはどういうことだろう。レスラー側もレスリングの試合には使えない関節技を出せばいいじゃないか、あるいは関節技の防御法くらいは心得ていてもいいじゃないか、と思います。英語版ウィキペディは(信頼できるとは限りませんが)「当時のヨーロッパでは、サブミッションレスリングの技法どころか、その考え方自体が未知だった」と書いてあります。

投稿: 三十郎 | 2014年11月 9日 (日) 07時30分

昔はcatch-as-catch-canがfreestyleのことであった、という語学的考察は揺るぎません。

投稿: 三十郎 | 2014年11月 9日 (日) 07時32分

http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/53-2254.html(柔道か柔術か52)

上で、キャッチレスラーが「バリツ」と戦った体験記を私が訳しています。キャッチ側に関節技がなかったらしいことが分かるはずです。

投稿: 三十郎 | 2014年11月 9日 (日) 07時47分

拝啓 三十郎様

大変ご無沙汰しておりますが、その後お変わりありませんか。

『月刊秘伝』という武術雑誌をご存知でしょうか?
そちらの2016年3月号(2月13日発売予定です)に『What is CATCH-As-CATCH-CAN? キャッチ・アズ・キャッチ・キャン概史』とタイトルの拙稿が掲載されます。余程のことがなければ、何回かの不定期連載になるかと存じます。
以前にこの件でやりとりしたのは2008年から2010年頃まででしたので、随分とお待たせしてしまい大変失礼致しましたが、あれからCACCに関して判明したことも多々あり、それらはこの連載記事にすべて盛り込んだつもりです。
第1回目となる今回は、CACCの原風景、つまり19世紀当時のCACCのフォルム、このレスリングがおかれていた状況について書きました。以前に三十郎様が提議された命題、「キャッチ・アズ・キャッチ・キャンとは現在のフリースタイルとほぼ同じものであり、日本の柔術家、柔道家が現地に赴いて紹介するまで、このスタイルのレスリングにサブミッションホールド、つまり相手を降参に至らしめる技は存在しなかったのではないだろうか」という内容の疑問に対する、私なりの返答にはなっているかと思います。
ご照覧のほど、何卒よろしくお願い致します。

敬具

那嵯涼介拝

投稿: 那嵯涼介 | 2016年2月 3日 (水) 14時06分

拙いブログです。ご参考までに。
http://ameblo.jp/ryosukenasa/entry-12124578202.html

投稿: 那嵯涼介 | 2016年2月 3日 (水) 17時48分

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