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2012年9月24日 (月)

評伝にあらず(3)

 北一輝やナンシー関のような偉人にはちゃんとした「伝記」を書いておくべきだ。
 単に「伝記」と言えばよいところを「評伝」の語を使うのはなぜだろう。

 僕は、小学生用の偉人伝がよくないのではないかとにらんでいる。
 英国ではジョンソンとボズウェル以来、伝記は大人の読み物として確立している。
 ジョンソン博士は小説も一作だけ書いたが(『ラセラス』)、伝記を書き(『イギリス詩人伝』)ボズウェルによって伝記に書かれたので文豪になった。(ジョンソン博士伝を全部読むのは少ししんどいので、僕は抄録版の『ジョンソン博士の言葉』ですませた。これは翻訳がよくてお薦めです。)

 
 
 シャーロック・ホームズは「ボズウェルがいてくれないと、僕は途方に暮れてしまう。I am lost without my Boswell.」とワトソンに言ったことがある。しょってるじゃないか。
 ヘスキス・ピアソンはチャールズ2世(1630-95)からジョージ・バーナード・ショー(1856-1950)までを伝記に書いて、いずれもベストセラーにした。(オスカー・ワイルド伝は実に面白かったけれど、翻訳は僕には無理だ。超絶技巧がなければ訳せないのが、コナン・ドイル伝との違いだ。僕より「大駒一枚上」の腕前があれば訳せるだろうが、そんな翻訳家はいない(名人と僕の手合いはまず「半香」かな)。ディズレーリはまだ読んでいないけれど、小説家から政治家になったのだから、高級な石原慎太郎だ。)

 
 
  司馬遼太郎が歴史小説の代わりに、『織田信長伝』『土方徹三伝』『坂本龍馬伝』『秋山真之伝』などを書いたようなものだ。
 日本では、「伝記」は子供の読むものだという誤解が「業界」にまで浸透していて、富岡幸一郎氏のような一流の正統派文芸評論家もこれに染まっているようだ。伝記と評伝の違いに気がつくのは「椿説」や「偏書記」を書いた由良君美氏のような異端の士を待たねばならなかったのか。

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コメント

「司馬遼太郎が歴史小説の代わりに、『織田信長伝』『土方徹三伝』『坂本龍馬伝』『秋山真之伝』
などを書いたようなものだ。」
ドイル伝の解説の中で、この文章の理解に苦しんでいます。
ヘスキス・ピアソンが実はベストセラー歴史小説家で、そのピアソンが小説に代わって優れた伝記を書いた、
という事実があるなら分かるのですが。なぜここで唐突に司馬遼太郎を持ち出したのですか。

投稿: ころんぽ | 2012年9月26日 (水) 09時28分

分からないかなあ? 読者による受容ということです。ピアソンは日本で司馬遼太郎が読まれるように英国の読者に広く読まれたと言いたいのです。日本にも伝記作家はいるけれども、ベストセラーにはならない。仮に司馬遼太郎が本当に織田信長伝などを書いても、日本では売れないでしょう。伝記というジャンルが英国と違って確立していなくて「評伝」に逃げるのです。それでも大して売れない。「イギリスの司馬遼太郎」というのは売り文句としていいと思うのだけれど。

投稿: 三十郎 | 2012年9月26日 (水) 12時30分

趣旨は理解できましたが、「仮に司馬遼太郎が本当に織田信長伝などを書いても、日本では売れない」
のだとしたら、「司馬遼太郎が歴史小説の代わりに、『織田信長伝』……などを書いたようなもの」
という比喩は「ピアソンは日本で司馬遼太郎が読まれるように英国の読者に広く読まれた」
ことを意味しないのではないでしょうか。
「司馬が仮に偉人の伝記を書いていたらあまり売れなかったであろう。
ピアソンは英国では人気のある物書きであったが、彼の書いた伝記は広く読まれなかった」
これが「司馬遼太郎が歴史小説の代わりに」云々が意味するところだと思います。


投稿: ころんぽ | 2012年9月26日 (水) 17時27分

そうかなあ。ベストセラー作家としての司馬遼太郎は「そのまま」で、書いた作品が歴史小説ではなくて伝記だったようなものだ、というつもりでしたが。この翻訳は『シャーロック・ホームズの愉しみ方』がある程度売れたので私が持ち込んだので、「イギリスの司馬遼太郎」は編集者も面白いと言ってくれたのだけれど(英国の読書人は日本と違って伝記を好んで読むということ)、少し奇を衒い過ぎたかな?

投稿: 三十郎 | 2012年9月26日 (水) 18時31分

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