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2012年9月28日 (金)

よくってよ。知らないわ。

「さっきの話をしなくっちゃ」と兄が注意した。
「よくってよ」と妹が拒絶した。
「よくはないよ」
「よくってよ。知らないわ」
 兄は妹の顔を見て黙っている。妹は、またこう言った。
「だってしかたがないじゃ、ありませんか。知りもしない人の所へ、行くか行かないかって、聞いたって。好きでもきらいでもないんだから、なんにも言いようはありゃしないわ。だから知らないわ」
 三四郎は知らないわの本意をようやく会得した。兄妹をそのままにして急いで表へ出た。

 ずっと昔に上京したときは、東京では「よくってよ。知らないわ」というような口のきき方をする女性に会えるはずだと思っていた。三四郎は、美禰子さんもよし子さんもいい。そういう女性に「**さん、ずいぶんねえ」とか言われてみたかったのだが……

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2012年9月27日 (木)

翻訳者は裏切り者?

 《Traduttore, traditore》というイタリア語の警句がある。「翻訳者(トラドゥットーレ)は裏切り者(トラディトーレ)」つまり、どんな翻訳も原文を忠実に伝えることはできず、どうしても原著者の意を裏切ってしまう、という意味である。
 胸にぐさりとくる警句だ。私の職業は短期大学のフランス語教師である。だから、フランス語を日本語に、また日本語をフランス語にうつす作業は日常茶飯事だし、ときには一冊の本をそっくり翻訳することもある。つまり、私も翻訳者のはしくれ、「裏切り者」の一人というわけだ。 (筆者は長崎外語大学の先生らしい。http://www.nagasaki-gaigo.ac.jp/toguchi/works/tog_essai/traducteur.htm

 これはよく言われますね。
 しかし、そんな大袈裟なことを言う必要があるのか? 上記の「裏切り者」氏は何という原著者を「裏切った」のだろうか?
 私は翻訳者の「はしくれ」ではないつもりだが、似たようなことはありますね。特に日本語→英語の翻訳では原文を書き換えざるを得ないことが多い。
「どういう場合に保険金をいくら支払うか」とか「自動車の組み立て方」とかいうような文書は、英米人が読んでも中国人が読んでも日本人と同じに読めなくてはおかしい。しかし、英語と日本語はずいぶん構造が違うのだから、和英辞典だけを便りに「直訳」してはかえって読者に不親切だ。少々調整せざるを得ないけれども、別に「裏切り」ではないだろう。
 上の長崎外語教授の挙げる翻訳困難な場合の例。

《croissant》というフランス語がある。「三日月」のことだが、カタカナにすれば「クロワッサン」つまり三日月の形をしたパンである。私たち日本人には、「三日月」と「クロワッサン」とはまったく別の単語である。だから、この二つの語から連想するものも、それぞれ別だろう。しかも厄介なことに、フランス語の《croissant》からフランス人が抱くはずのイメージは、さらにまた違うのである。
 フランス人にとってこの語は、歴史的にはイスラムとくにオスマン・トルコ帝国(とその旗印)を連想させるものだった。さらに付け加えるとこの語は「成長・増大する」という意味の動詞の現在分詞形からきたものだ。また経済「成長」などと言うときに使われる語《croissance》(クロワッサンス)も関連語のひとつで、音からもすぐ連想しそうである。しかし翻訳では、こうしたイメージや意味の広がりを半分も伝えることができない。「三日月」であれ「クロワッサン」であれ、訳語はどれかひとつに決めなければならないし、決めたとたんに、もとのフランス語がもっていた広がりも切り捨てるほかないのである。 (引用終わり)

 なるほど、ブンガクでは実務よりも微妙な場合があるのか。
「古池や、蛙跳び込む水の音」の英訳は百種類くらいあるそうだ。その中にはfrogsと複数になっているものがいくつかあって、これなどは明白な「裏切り」だろう(と言うよりまったく分かっていないのだ)。
 日本語の小説の英訳で、「応援団長」が「袴」を履いて云々が、cheerleaderとskirtになっていた。普通のアメリカ人が読めば変に思うだろうが、他に訳しようがあるか? わざわざ日本文学を読もうという人なら分かってくれるだろうと思うしかないだろう。

Cheerleader_and_cheerleading_stunt_

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2012年9月24日 (月)

評伝にあらず(3)

 北一輝やナンシー関のような偉人にはちゃんとした「伝記」を書いておくべきだ。
 単に「伝記」と言えばよいところを「評伝」の語を使うのはなぜだろう。

 僕は、小学生用の偉人伝がよくないのではないかとにらんでいる。
 英国ではジョンソンとボズウェル以来、伝記は大人の読み物として確立している。
 ジョンソン博士は小説も一作だけ書いたが(『ラセラス』)、伝記を書き(『イギリス詩人伝』)ボズウェルによって伝記に書かれたので文豪になった。(ジョンソン博士伝を全部読むのは少ししんどいので、僕は抄録版の『ジョンソン博士の言葉』ですませた。これは翻訳がよくてお薦めです。)

 
 
 シャーロック・ホームズは「ボズウェルがいてくれないと、僕は途方に暮れてしまう。I am lost without my Boswell.」とワトソンに言ったことがある。しょってるじゃないか。
 ヘスキス・ピアソンはチャールズ2世(1630-95)からジョージ・バーナード・ショー(1856-1950)までを伝記に書いて、いずれもベストセラーにした。(オスカー・ワイルド伝は実に面白かったけれど、翻訳は僕には無理だ。超絶技巧がなければ訳せないのが、コナン・ドイル伝との違いだ。僕より「大駒一枚上」の腕前があれば訳せるだろうが、そんな翻訳家はいない(名人と僕の手合いはまず「半香」かな)。ディズレーリはまだ読んでいないけれど、小説家から政治家になったのだから、高級な石原慎太郎だ。)

 
 
  司馬遼太郎が歴史小説の代わりに、『織田信長伝』『土方徹三伝』『坂本龍馬伝』『秋山真之伝』などを書いたようなものだ。
 日本では、「伝記」は子供の読むものだという誤解が「業界」にまで浸透していて、富岡幸一郎氏のような一流の正統派文芸評論家もこれに染まっているようだ。伝記と評伝の違いに気がつくのは「椿説」や「偏書記」を書いた由良君美氏のような異端の士を待たねばならなかったのか。

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2012年9月23日 (日)

評伝にあらず(2)

伝記か評伝か
 本書はアーサー・コナン・ドイルの伝記であって、「評伝」ではない。単に伝記と言えば済むところを日本では「評伝」という言葉を使う場合が多いのを私は不思議に思ってきた。「評伝」については、由良君美氏が「以前から気になっていた」と書いている。

 以前から気になっていたことだが、わが国には評伝というジャンルがあって、これが独自の人気を博している。「人物評伝」などという言い方は特に好まれる。ところで「評伝」に相当する外国語は何かと考えると、ハタと当惑する。日本における「評伝」という語の成立を調べてみたら、さぞ面白かろう。資料をふんだんに使って人物を浮き彫りにする「伝記」の分野は、イギリス人のお家芸で、イギリスぐらい堂にいった伝記に富む国は珍しい。そのイギリスにも、日本のような意味での「評伝」というジャンルはない。「伝記」の事実尊重主義と「批評」の分析判断主義とが、別枠になっているためであろう。これらを混淆し、何となく事実に沿った伝記のような体裁をとりながら、実は筆者の好悪をコッソリ織り込むやり方が「評伝」。二つの分野を峻別するのも、混淆するのも、それぞれに得失はある。優れた見識を持つ筆者の手になる「評伝」は、筆者の個性の冴えが、対象の個性を描きあげ、いきいきとした読み物になる。個性による個性の照明であり、出会いであり、読者までその出会いに感動し満足させられる。
 こういう秀れたものの場合は良い。しかし本格的伝記を書くだけの事実追求の執念もなく、批評といえるだけの分析能力も価値判断力もなく、手頃な規模と手間でお茶を濁すのに、「評伝」というジャンルは実によい隠れ蓑を提供してきた。 
  わが国で本格的ノンフィクション文学が発達せず、辞典類の記述も評伝的恣意に甘く流れがちなのも、このことと関係があるだろう。
(由良君美『みみずく偏書記』215,216頁)

 由良君美氏は1990年に亡くなったが、2007年になって自身が「評伝」に書かれた。四方田犬彦『先生とわたし』という本が出たのである。映画評論家の四方田犬彦氏は東大駒場で由良君美氏の弟子だったが、由良先生がのちにアル中で酒乱になって四方田氏を殴ったという話であるらしい。四方田氏としては「筆者の好悪を織り込んだ評伝」を書くほかはなかったのだろう。
 このように普通の伝記とは少し違うものには、たとえば「評伝」のような別の言葉を宛てておかなくては仕方がないだろう。普通に「伝記」と呼べばよいものをわざわざ「評伝」と呼ぶのが不思議なのである。たとえば岩波書店から出ている「ペンギン評伝双書」がある。「伝記」の分野はまことにイギリス人のお家芸で、イギリスぐらい堂にいった伝記に富む国は珍しく、ペーパーバックで有名なペンギンからPenguin Livesというシリーズが出ている。この翻訳が岩波の『ペンギン評伝双書』である。この双書には、ナポレオンや毛沢東からジョージ・ブッシュ(父)に至る政治家やダンテやプルーストのような文学者の伝記が揃っている。伝記の対象には仏陀も含まれている。イエス・キリストの伝記はない(仏陀と違って三位一体だから「人」ではないらしい)が、モルモン教の教祖で『緋色の研究』にも登場するジョゼフ・スミスの伝記はある。最近の人物ではマーロン・ブランドやエルヴィス・プレスリーの伝記もある。Livesは「伝記」と訳すべきはずであるが、岩波の翻訳版ではどういうわけか「評伝」である。

 評伝に相当する外国語は何か? 和英辞典で引いてみよう。たとえば研究社和英大辞典にはcritical biographyと書いてある。しかし、こんな英語はない。これはあくまでも「辞書の説明用の英語」である。実際に英文を書くときに日本語の評伝のつもりでcritical biographyという言葉を使っては、意味が通じない。事実に基づく「伝」と好悪を含む「評」が峻別されないというのは、英語の読者にはとうてい理解できないはずだ。

「人物評伝」という言い方が特に好まれるというのもその通りである。ケインズの『人物評伝』(岩波現代叢書1959)は有名である。原題はEssays in Biographyである。この本でケインズが取り上げた人物はアルフレッド・マーシャルを初めとする先輩経済学者のほかに、ニュートンとアインシュタインの二人の科学者、ロイド・ジョージ、クレマンソー、アーサー・バルフォア、ウィンストン・チャーチルなどの政治家も含まれている。ケインズはヴェルサイユ講和会議に英国代表団の一員として出席したから、たとえば間近で見た恐るべき交渉者クレマンソーのスケッチを書き残しておく義務があると思ったようだ。ケンブリッジのトリニティ・カレッジにはニュートンが住んでいた部屋がそのまま残っていて彼の原稿が長持に詰まっている。ケインズはこれをすべて読んだらしい。ケインズは
「ニュートンは理性の時代に属する最初の人ではなかった。彼は最後の魔術師であり、最後のバビロニア人でまたシュメール人であり、一万年には少し足りない昔にわれわれの知的遺産を築き始めた人たちと同じような目で、可視的及び知的世界を眺めた最後の偉大な人物であった」
と書いている。ニュートンの残した原稿のうち、物理学や数学の研究はごく一部である。ニュートンはキリスト教を深く研究して三位一体説を否定するに至り(すなわちキリストに神性はないとする異端のアリウス派の立場になり)、錬金術にも真剣に取り組んでいた。しかしケインズは伝記を書くつもりはなかった。ニュートンの生い立ちからリンゴが落ちるところまでをケインズが書く必要はない。ケインズは、自分の書いたものは伝記ではないというつもりでエッセイと呼んだのだろう。適当な日本語がない場合に評伝という言葉を宛てておくのはやむを得ないかも知れない。しかし、由良氏の言うように事実の追求と批評は区別しなければならない。
(訳者解説より)

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2012年9月22日 (土)

評伝にあらず(1)

 ピアソンは伝記作家として、このドイルという魅惑的存在を冷静な筆致で描いてみせる。本書は数多くのドイル伝のなかでも決定版と評価の高いものであり、その経緯については訳者の詳細な解説(ひとつの評論として読みごたえがある)に述べられているが、これはホームズ・ワトソンのファンのみならず評伝というジャンルの傑作として堪能できる。ドイルの死(新しい冒険)に旅立つピアソンの記述は読者に感銘と共に、不思議な勇気を与えてくれるだろう。(日経9月9日、文芸評論家 富岡幸一郎氏http://www.nikkei.com/article/DGXDZO45911420Y2A900C1MZB001/

 富岡さん、ありがとうございます。しかし、評伝ではないのです。

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2012年9月14日 (金)

題名について

 本の題名を決めるのはむつかしい。T・S・エリオット氏の言うように猫に名前を付けるのもむつかしいが。
 
 
  丸谷才一氏のエッセイは面白くて欠かさず買うのだけれど、題名が凝りすぎていて覚えられないのが困る。
 僕はアカペラは赤ペラだと思っていた(ペラって何だ? 青ペラや白ペラがあるか?)
  広辞苑で見ると

 ア‐カペラ【a cappella イタリア】(「礼拝堂風に」の意) 合唱曲で、器楽の伴奏のない演奏形式。無伴奏体。パレストリーナのものが代表的。
 
 
  今度の本も『コナン・ドイル伝』とするつもりだったが、スタシャワーの『コナン・ドイル伝』が昨年に東洋書林から出ているので、たとえば本屋が取次に注文するときに混同されては困るというので「伝」を省いた。
 編集部のHさんによると、「アーサー・コナン・ドイル」としてはどうかという案もあったが「長すぎる」というので却下されたという。
 そう言えば、前に訳したMahatma Gandhi and His Apostlesも僕は『マハトマ・ガンディーと使徒たち』とするつもりだったが、編集部のYさんが「長すぎます」というので、マハトマを省いたのだった。「しと」と聞いても「使徒」が出てこないので不利だ。「しと?」「使いにぎょうにんべんの徒です」「???」

『007は殺しの番号』という映画の邦題もよく考えて付けたものだ。原題がDr.Noなので『007医者は要らねえ』という案もあったそうだ。東京泰文社では、この題が帯に書いてあった(昨年、神保町に行ったら別の店になっていた。親爺さんは亡くなられたそうだ)。

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2012年9月13日 (木)

コナン・ドイルの殺人許可証

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 1881年エディンバラ大学医学部卒業万歳! コナン・ドイルの喜びよう(8月25日の記事の「ころんぼ」さんのコメント参照。この絵はドイル書簡集にあったと思う。母親宛に書いた手紙だったか。)
 Licensed to killは007であるが、ボンドの上司Mの役割を昔はマイクロフトが果たしていたことは当ブログで前に書いた。19世紀末には、まだ「殺しの番号」は決まっていなかった。http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/7_8b2e.html

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2012年9月10日 (月)

株式仲買人など

 ホームズ正典のStockbloker's Clerkは延原謙氏以来「株式仲買人」と訳することになっているが、やかましいことを言えば正確ではない。
 Stockblokerというのは元来は個人の資格でシティで株式の取引をしていたのだろうが、現在では「証券会社」がstockblokerとして取引をしているので、clerkはその会社の事務員に過ぎない。
 ポール・パイクロフト氏の時代でもすでにそういうことになっていたらしい。だから「株式仲買店員」という訳題を採用している場合もあるようだ。
 しかし「証券会社社員」などでは正確かも知れないが調子が悪いように思う。
 題名というのは特殊で、「白銀号事件」「シルバーブレイズ」「四人の署名」「四つの署名」「緋色の研究」「緋色の習作」など、どれもよろしいと思う。

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