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2012年10月 9日 (火)

ドイルの暗号?

 小林東山学説の集大成となる本である。
 小林司博士は2010年に亡くなられたから「日本を代表するシャーロキアンにして精神科医の著者が送る「最後の挨拶」」(本書の帯)なのである。

 わたしたちは、小林が精神科医だったこともあって、実は1977年ごろから一貫して、「ホームズ物語」の著者であるコナン・ドイルの深層心理を調べてきた。アルコール症の父を持ったドイルの不幸な幼少時代を考えると、彼は、いまでいう「アダルト・チルドレン」である。さらに、母親が15歳年下の男と婚外恋愛に陥って、駆け落ち同然に社会から逃避・同棲した事件(1882年)がドイルの与えたトラウマが、「ホームズ物語」にくっきりと影を落としている(ヴィクトリア朝では同棲が許されなかったので、正確には隣の家に住んだ)。
 そう言ったことをわたしたちは1992年に発見した。「ホームズ物語」は、単なる「探偵小説」だと思われてきたが、文の裏側を読めば、実は著者ドイルが家庭の悩みを打ち明けた「告白録」に他ならないことを見つけたのである。(p.p.18,19)

 「単なる探偵小説」ではない!私(ブログ筆者)はそんなことは少しも気づかなかった。精神科医ではなかったせいだろう(患者になったことはある)。
『行人』や『道草』と漱石の虎馬の関係くらいは頭に浮かんだことがある。しかし名探偵シャーロック・ホームズの冒険の裏にドイルの暗号を読む?

 たとえば、バスカヴィル家の犬については

 結論を先に言ってしまえば、ドイルが書きたかったのは、自分の母親メアリが夫を放り出してウォーラーと婚外恋愛をして、実際は夫婦同然なのにそうではないように見せかけて一緒に暮らしているのはけしからぬ、したがってウォーラーは罰せられなければならぬ、と主張したかった、ということであった。
 だから、原典ではベリルとステイプルトンが実際は夫婦であるにもかかわらず兄妹だと見せかけて暮らしており、最後にはステイプルトンが底なし沼に落ちて死ぬ、というかたちでそのことが物語られる。しかし、それだけでは読み物にならないので、尾ひれをつけてストーリーを長くしてある。しかも、それを無意識のうちにドイルが行ったというのが興味深い。(p.91)

 びっくりしたが、真面目にやって欲しい。医学博士ジョン・H・ワトソンが筆者だという事実を無視して、文学代理人の家庭の事情なんかを重視するのは困るじゃないか。
 巻末に新井清司氏作成の「戦後のシャーロック・ホームズ研究書」のリストが載っている。160冊目にヘスキス・ピアソン『コナン・ドイル』(拙訳)を取り上げてもらっているのはありがたい。
 しかし、正典研究を究めた後に余力があれば文学代理人の生涯に及ぶというのが自然なコースではないか。初めからConan Doyle's tiger and horseがどうこうなどと言い出すのは反則ですよ。だから私は訳者解説で「不倫説には根拠がないようだ」と書いたのだ。

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コメント

こんにちは。

小林・東山さん、ホームズ・クラブ結成数年後には狭義のシャーロキアーナ(=ホームズ物語はワトスンが書いた)から離れていたとおもいます。

それはそうと、「不倫」には特定の価値観が含まれているので「婚外恋愛」を使ったと東山さん。一つの見識だと思いますが、「不倫」には肉体関係というニュアンスがある。同じニュアンスが「婚外恋愛」でも出るのか、ちょっとわからないですね。

投稿: 熊谷 彰 | 2012年10月 9日 (火) 12時43分

小林・東山氏は確かにシャーロキアーナから外れてますね。
僕も一般的な「不倫」を使うのはちょっとためらった。高島俊男先生があれは「浮気」とか「間男」とか言うべきだとおっしゃるから。漢語「不倫」の使いかたは不正確なのだそうです。たとえば、日本では割とよくあるいとこ同士の結婚や(最近では珍しい)未亡人となった兄嫁との結婚などが「不倫」なのだということです。同姓不相娶という儒教倫理に反するということらしい。
 英語ではextramarital affairになりますか。affairと「恋愛」はちょっと違ってむつかしいですね。

投稿: 三十郎 | 2012年10月 9日 (火) 12時58分

河出版ホームズ全集に小林・東山両氏が解説を書いておられますが、
作品解説と言うより自説披瀝の場となってしまって、違和感を覚えたものです。
作品に著者の心理が反映しているというのはたしかにそうだろうと思いますが、
さすがに行き過ぎではないかと。
多分、半分本気、半分遊びなのでしょうけれど。

投稿: ころんぽ | 2012年10月12日 (金) 22時10分

不肖私はfundamentalistの立場を貫きたいと思います。バリツ論では、そうしています。文学代理人側の事情は考慮していない。

投稿: 三十郎 | 2012年10月13日 (土) 07時25分

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