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2013年5月18日 (土)

角川版シャーロック・ホームズを読む(5)

『緋色の研究』の初めの方、グレッグソンから来た手紙を読んで、ホームズはワトソンにこう言う。

They have their knives into one another, too. They are as jealous as a pair of professional beauties. There will be some fun over this case if they are both put upon the scent."

 Theyというのはグレッグソンとレストレイドの二人の警部のことだ。ここに出てくるprofessional beautiesとはどういうことか?
 従来の翻訳は、「商売女」のような訳語をつけていて、すべて間違いだった。
 角川版ではどうか。
「……しかも互いにいがみ合っていて、商売敵の女同士みたいに嫉妬心をめらめらと燃やしている」

 グレッグソンとレストレイドは二人ともスコットランドヤードの刑事で、すでに「商売敵の男同士」である。性別を女に変えてどうする?
 英語で読めば「ああなるほどprofessioal beautiesにたとえたのだな」と分かって面白いのに、そこを隠してしまっては困るじゃないですか。全部きちんと訳して下さい。

 professional beautyプロの美人とは、「社交界の花形美女」のことだ、というのは僕がブログに書き本に書いた。

 PB(professional beauty)が「高級娼婦的なもの」だと大分前にナントカ先生が指摘したなどと書いてあるサイトもあるようだが、見当違いだ。PBは高級娼婦でもなければ「的なもの」でもない。ウィンストン・チャーチルのお母さん(米国大富豪の娘で公爵家に嫁入りした)のような名流婦人がPBだったのだ。王妃カトリーヌ・ド・メディシスがプロフェッショナル・ビューティと呼ばれた例も僕は紹介している。
http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/3-7545.html

General_lily_langtry_mistress_of_th

 典型的なPBだったリリー・ラントレーは後年女優になったのだから、いくらか身分が低かったかも知れない。しかし、娼婦ではなかった。それ者ではない。リリーはアルバート・エドワード皇太子にずいぶんお金を使わせたらしい。

「I have spent enough on you to build a battleship.あなたには軍艦を一艘作れるくらい(お金を)出したのだ」
「You have spent enough in me to float one.軍艦を一艘浮かべられるくらい、お出しになりました」(floatをbuildと書いてしまったので訂正)

  リリーはプリンスに服や宝石を買ってもらっただろうし、今では「ラントレー・マナー」というホテルになっている家まで作らせた。しかし、現金をもらうなんてことはしなかった。有夫の貴婦人(田舎地主の夫人だから貴婦人としては下の方)だった。絶対に高級娼婦ではなく、的なものでもなかった。
 高級娼婦がいたのはフランスで、椿姫などがその典型である。こういう女をdemi-mondaineという。demi-monde(半世界)に出入りする女だ。普通のモンド(社交界)では、夫婦が単位である。半世界では、男一人でよろしい。女は椿姫のようなのを調達すればよいのだから。だから普通のモンドに比べて、demi-monde半世界という。
――というようなことは、原文で読めば自然に頭に浮かぶはずで、正典の面白さはそういうところにもあるのだ。
 これくらいのことも知らないで正典を翻訳されては迷惑だ。
 

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