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2013年5月19日 (日)

兵曹か軍曹か

「メッセンジャーです。制服はいま、繕いに出していますがね」
「その前は?」
「イギリス海兵隊計歩兵隊に所属する兵曹でした」
(駒月文子訳)

 "A sergeant, sir, Royal Marine Light Infantry, sir. No answer? Right, sir."

 延原謙氏の訳は「兵曹でございました。海兵軽歩兵隊のな」
 しかし、これは兵曹ではなく軍曹ではないだろうか? 細かいところを突っつくようだが。
 海兵隊とは何か? 日本には海兵隊はなかった。上陸作戦が必要なときは海軍陸戦隊を用いた。
 英米では、陸軍や海軍とは別の組織として海兵隊があった。海兵は軍艦に乗り込むが水兵ではなく操船には関与しなかった。主たる任務は、アボルダージュ(接舷攻撃)で敵艦に斬り込むことだった。植民地で反乱が起きたときも、先ず海兵隊が鎮圧に派遣された。
 海兵軽歩兵Royal Marine Light Infantryというのは、海兵隊が独自に砲兵や歩兵のような兵科を有していたということだ(騎兵はなかっただろう)。現代のアメリカ海兵隊は戦車や戦闘機まで保有している。
 軽歩兵は、普通の歩兵と比べて軽装備の歩兵である。ウィキペディアによれば

現代の軽歩兵は、正規の歩兵に対して軽装備の歩兵という意味で使われる。ここでいう軽装備とは兵士が携行する装備品が軽量という意味ではなく、部隊の編成として正規の歩兵連隊ほどには装甲車両や火砲を保有していないという意味である。

 ホームズの時代には、もちろん装甲車両などはなかった。火砲はどうか? 歩兵砲Infantry Gunはあったかも知れないが、軽歩兵は小銃だけの装備だったと思う。
 海兵隊は海軍とは独立した組織で、階級の呼称などは陸軍式である。
 乃木将軍General Nogi、東郷提督Admiral Togoと陸海軍で呼び方が違う。海兵隊の将官はAdmiralではなくGeneralと呼ばれる。陸軍の軍曹は海軍では兵曹である。英語では軍曹がsergeant、兵曹がpetty officerである。海兵隊では陸軍式にsergeantを使っていた(日本の海軍陸戦隊では兵曹だったはずだ)。これは「軍曹」と訳すべきだろう。

 軍人や警官の位をどう訳するかはむつかしい。
 Inspector Lestradeも本当はレストレイド警部補かも知れない。辞書によるとchief inspectorが警部に当たるのだそうだ。しかし、あまり細かすぎる区別のような気もする。 

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コメント

そう言えば刑事コロンボの「歌声の消えた海」の冒頭で、
豪華客船の船長と乗客であるコロンボの会話にこんなのがありました:
船長から「ミスター」コロンボと呼ばれたコロンボ:Actually, it's Lt. Columbo
船長:Navy man?
コロンボ:No, Sir. Just the LAPD
米国海軍なら大尉、米国警察なら警部補でしょうか。
ちなみに、007ジェイムズ・ボンドは、Royal Naval Reserveのcommanderなので中佐でしょうか。

投稿: ころんぽ | 2013年5月19日 (日) 14時34分

クロフツのフレンチ警部は、警部→主席警部→警視と昇格しましたが、
inspectorを警部、chief inspectorを主席警部と訳していたような……。
東京創元社では警察官の職位の訳語に決まりがあると聞いた覚えがあります。
それとは別に、どなたかミステリ翻訳家の方が書かれた本に職位の訳語一覧が載っていたはずです。

投稿: ころんぽ | 2013年5月19日 (日) 14時48分

リーダーズ英和辞典に
★米英の警察の階級は下から順に次のとおり《括弧内の訳語は一応のめやす》(1) 米国《州または都市により階級制度が異なる; 次はその一例である》: police officer, patrolman (巡査)-sergeant (巡査部長)-lieutenant (警部補)-captain (警部)-deputy inspector (警視)-inspector (警視正)-deputy chief of police (本部長補佐)-assistant chief of police (副本部長)-chief of police (警察本部長) 《inspector の上が deputy superintendent (副本部長)-superintendent (警察本部長) となる場合もある》.(2) 英国; constable (巡査)-sergeant (巡査部長)-inspector (警部補)-chief inspector (警部)-superintendent (警視)-chief superintendent (警視正)―

日本の警官を海外に派遣するときなど、この「一応の目安」に従って階級を英訳するのだと思います。そういう英訳の仕事はしたことがありませんが。

投稿: 三十郎 | 2013年5月19日 (日) 18時55分

正典にもconstableとinspectorは何度も出てきますね。前者が巡査、後者が警部か警部補(→簡単のために警部とする)でよろしいと思う。
ところで、レストレイドが小男だったというのがどうもよく分からない。ロンドンの警察では大男しか採用しないはずなのに。レストレイドは巡査からのたたき上げではなくて、「キャリア」なのだろうか?

投稿: 三十郎 | 2013年5月19日 (日) 19時15分

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