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2014年4月 2日 (水)

評伝か伝記か 再論(2)

ポーの伝記にクリティカル・バイオグラフィーという副題が付いているのは、史料批判をしっかりとやりましたということだろう。アマゾンの内容紹介

Renowned as the creator of the detective story and a master of horror, the author of "The Red Mask of Death," "The Black Cat," and "The Murders of the Rue Morgue," Edgar Allan Poe seems to have derived his success from suffering and to have suffered from his success. "The Raven" and "The Tell-Tale Heart" have been read as signs of his personal obsessions, and "The Fall of the House of Usher" and "The Descent into the Maelstrom" as symptoms of his own mental collapse. Biographers have seldom resisted the opportunities to confuse the pathologies in the stories with the events in Poe's life. Against this tide of fancy, guesses, and amateur psychologizing, Arthur Hobson Quinn's biography devotes itself meticulously to facts. Based on exhaustive research in the Poe family archive, Quinn extracts the life from the legend, and describes how they both were distorted by prior biographies.

 クリティカル・バイオグラフィーを日本語に訳せば「評伝」になるかも知れない。ところが「評伝」を英語に訳してもクリティカル・バイオグラフィーにはならない。
 日本語の評伝は、由良先生によれば、「何となく事実に沿った伝記のような体裁をとりながら、実は筆者の好悪をコッソリ織り込むやり方」である。筆者の好悪をコッソリではなく、堂々と織り込んだものも評伝である。小谷野敦『川端康成伝』も評伝の傑作である。

 序文に「第一に、川端は私のもっとも好きな作家であった」とある。ところが、小谷野氏が

 大学院時代に好きだった女性は、谷崎について論文を書いていたが、川端はどうですか、と訊くと「異常」とひとこと言ったのである。

 このことを恩師に訴えると「キミ、女の人に言われたくらいでねえ」と言われたが、「女の人にそう言わせるものが、川端の中にあるんじゃないかと思うんです」と小谷野氏は言った。
 600頁以上の本文を読んで行くと、確かにだいぶ異常なところがある。
 都知事選で秦野(やっぱり警察官)をむやみに熱心に応援したのは変だった。
 あるいは、吉永小百合に「あなたは精神の貴族です」という手紙を書いたのだそうだ。吉永小百合はさぞ気味が悪かっただろう。

Nw100903050

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