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2014年4月 7日 (月)

モリアーティの正体(2)

 モリアーティが加わるまでフィニアン団が使っていた暗号は、ごく単純なもので解読は容易だった。通信文中の一文字を別の文字に置き換えるというだけのごく単純なものだった。たとえば、AはBで置き換え、Bの代わりにC、Cの代わりにDという具合である。これでは党員間の「秘密」通信が平凡な警察官にも読み取れたとしても不思議ではない。モリアーティの指導の下に、彼の天才的な数学能力を活かして、暗号はきわめて複雑なものに作り替えられた。
 ホームズは暗号の専門家であった。『踊る人形』で彼はワトソンにこう言っている。「僕はあらゆる形式の暗号に精通していて、この主題については自分でもささやかな論文を書いた。その中で僕は百六十種類の暗号を分析しているのだ」。彼の知識は理論的かつ実践的だった。「世の中には新聞の三行広告のように簡単に解読できる暗号が多いのだ」とホームズはワトソンに豪語したこともある。「その種の幼稚な暗号なら、疲れないで頭の体操になる」。フェニックス公園の殺人事件の後数ヶ月間、ホームズは警察が傍受したアイルランド独立党の暗号通信を解読していたが、新しい暗号は以前とは比べものにならない頭脳を有する人物が作ったらしいことに気がついた。
 フェニックス公園の殺人事件の後、外務省に届く陰謀と暗殺の噂は急増した。それらはマイクロフトのデスクに回されて来た。ルイーズ王女がカナダを訪問する予定だったが、アイルランド独立党員がニューヨークから来て彼女を誘拐するという噂があった。暗殺のプロのシチリア人が二人、富裕なアイルランド人に雇われてロンドンに来て皇太子を暗殺するという話もあった。大部分は荒唐無稽な話だったので、マイクロフトは笑うしかなかったが、直ちに行動を取れという圧力を受けたことも確かである。もちろん行動は彼の得手ではなく、弟の出番であった。シャーロックがダブリンで目に見える成果を上げていないのを苦々しく思ってはいたが、マイクロフトはためらわず弟に再び依頼した。ホームズは暗号解読とともに体を動かす捜査にも取り組むことになった。
 愛国心と愛国心がぶつかり合い、二重スパイと秘密結社がはびこる地雷原にホームズは踏み込むことになった。アイルランド独立運動自体が分裂をきわめていた。議会を通じて平和的に独立を求める派と、英国の支配を覆すためには実力行使を辞せない者との間に分裂があっただけではない。暴力的な過激派自体が一八六〇年代の悲惨な状況の後で多数のセクトに分裂して、各分派は自分たちだけが独立運動の正当な指導者たり得ると主張していた。クランナゲルは一八六七年に創立されたが、ジェレミア・オドンネル・ロッサ(フィニアン団員として逮捕され一八七一年にアメリカに追放されていた)の一派と対立していた。ダブリンやコークのアイルランド人は、米国に移民した同胞が金にあかせた活動で干渉してくるのを嫌った。そういうアメリカ人の一人にミレン将軍がいた。これはティローン生まれの冒険家でメキシコでベニト・フアレスの革命軍に加わって戦い、一八六〇年代、七〇年代にアイルランド内外で大英帝国転覆の陰謀に関わった人物である。彼のような人間は裏切りも平気で、打倒しようとしてきた政府のスパイになることさえあった。
 アイルランド人のテロリズムから大英帝国を守る責務を負う側も、同じように分裂していた。内務省の官僚は閣僚と対立していた。閣僚は警察と意見が合わなかった。警察は政治家や諜報部員の介入に不平を言った。こういう状況でホームズ兄弟は自分たちの秘密情報網を作り上げた。一八八三年三月にロンドン警視庁に「アイルランド局」ができ、有名なアドルファス・ウィリアムソン警視が局長に任命されて一件落着となるはずだったが、反対に事態は紛糾した。大混乱の中心になったのは、ホームズ兄弟をモリアーティとほとんど同じくらい悩ませることになる人物であった。
 エドワード・ジェンキンソンはハロー校出身でマイクロフトより十年ほど先輩だった。フェニックス公園殺人事件の後、彼は文官として勤務していたインドから帰国してアイルランド局長に任命されるとすぐに、自分のスパイと二重スパイのネットワークを作り上げた。彼の工作員たちは、政府や警察ではなくジェンキンソン個人に忠誠を誓っていた。やがてジェンキンソンは、ホームズが一八八一年から八二年にかけて果たしていたのと同じ役割を果たすようになった。彼はフリーランスのエージェントで、その権力はホワイトホールの高官筋から与えられていたが、高官の側はいつでも都合のよいときに彼を見捨てることができた。ホームズ兄弟はジェンキンソンの侵入を疎ましく思ったが、どうしようもなかった。ジェンキンソンは政府首脳の支持を受けていた。
 英国政府は手を尽くし、ジェンキンソンやマイクロフト・ホームズのような立場の人間がありとあらゆる策を弄したが、過激派に対してはほとんど効果がなかった。一八八〇年代にはフィニアン団の活動が年ごとに激しくなって行った。一八八三年の春には、ホワイトホールの中心で爆弾が爆発した。負傷者はいなかったが、この爆弾は、過激派が英国政界の奥の院に浸透する力があることを見せつけた。秋には、地下鉄で爆弾事件が二件あった。一発はメトロポリタン線のパディントン駅で、もう一発はディストリクト線のウェストミンスター駅で爆発した。負傷者は数十人におよび、一部は重傷であった。ホームズ兄弟はジェンキンソンと暗闘を繰り広げていたには違いないが、ジェンキンソンがこう書いているのには同意しただろう。「私は春のうちに内務省に対して次は地下鉄だと警告を発していたのだ」。マイクロフトとシャーロックは、モリアーティ一味がうごめいている徴候をしばらく前から明らかに感じ取っていたのだが、官僚どもは動かなかった。
 モリアーティ元教授を訴追できる証拠はなかった。状況証拠さえほとんどなかった。悪い噂が立って辞任したことは確かだが、それでもモリアーティはボロを出してはいなかった。ホームズがワトソンに言ったように「モリアーティを犯罪者呼ばわりすれば、法律的には名誉毀損になるのだ。あいつには嫌疑などなく、表向きは非の打ち所がない。実に巧妙に立ち回っても行動の痕跡を消しているから、犯罪などという言葉を口にすれば法廷に引き出されることになる。誹謗だというので、君の年金を一年分、損害賠償に取られるのが落ちだよ」
 一八八四年五月三十日に、警察にとっては実に不名誉な爆弾事件が起こった。テロリストは文字通り警察の裏庭を襲った。夜九時を少し過ぎたころ、クラーク巡査は、スコットランドヤードの裏の便所の警備というぞっとしない仕事をしていたが、仕掛けてあった爆弾の大爆発で三十フィート飛ばされた。道路一つ隔てたパブ「ライジングサン」では、非番の警官たちがビールを飲んでいたが、爆風でガラスと木材が割れて飛んだ。負傷者は多かった。ホームズはフィニアン団員の暗号(モリアーティの数学的天才の産物だった)の解読に掛かり切りになっていたが、陰謀の解明に完全に成功したわけではなかった。ライジングサンの爆破は予想できなかったが、ネルソン記念柱の根本に仕掛けられた爆弾は、ホームズのおかげで爆発前に発見された。
 しかし戦いはこれで終わりではなかった。翌一八八五年には、ロンドン塔、ロンドンブリッジ、国会議事堂で爆弾が爆発した。議事堂に仕掛けられた爆弾は十一月二十四日に発見された。見物に来ていた観光客のグリーン夫妻と妻の妹が黒い鞄を見つけて勤務中のコール巡査に報告したのである。巡査が駆けつけたときにはもう導火線に火がついていたが、コールは警官に要求される以上の勇気を示し、鞄を拾い上げウェストミンスターホールに通じる階段を駆け上った。グリーン氏が「ダイナマイトだ」と叫びながら巡査の前を走った。もう一人のコックス巡査も駆けつけて、二人でどうすればよいかと言いあっているうちに、コール巡査も爆弾を持ちきれなくなった。爆弾は彼が床に投げ出すと同時に爆発して、巡査二人を吹き飛ばし、グリーン氏の連れの女二人は「上着を吹き飛ばされた」。他の者たちが現場に駆けつけたとき、今度は下院の議場に仕掛けてあったもう一つの爆弾が爆発した。下院は休会中で負傷者はいなかったが、テロリストはまたしても英国政治の中心に入り込んでみせた。議事堂のような主要施設には警備を強化すべしと警告していたホームズは激怒した。彼が爆弾犯とシンパの間の暗号通信を解読して引き出した結論も、お役所仕事の網に絡まって無視されたのだ。
 このころになると、マイクロフトとシャーロックはモリアーティ教授にとりつかれていた。教授がフェニックス公園の殺人事件にも一八八〇年代中葉の爆弾事件にも関与していたことは疑問の余地がなかったが、彼がホームズ兄弟の信じていたような首謀者だったかとなると疑わしい。アイルランド独立運動過激派は分裂をきわめていて、一人の黒幕が裏で操っているはずはなかった。兄弟は論理的すぎたのかも知れない。無秩序の裏にパターンを読み取ろうとしていたのかも知れない。ホームズはホプキンズ警部に、自分は「簡単な説明があるのに複雑な説明を求める傾向がある」と言ったことがある(「アベイ農園」)。実際にその通りだった。ワトソンも『四人の署名』で「ホームズの論理は精巧すぎるので」、彼は単純でありふれた説明があるのに複雑で奇妙な説明の方を選ぶ傾向があると言っている。同じことが当てはまったのだ。各セクトが分裂しているように見えたのは、その底にはさらに深い分裂があったからであるが、マイクロフトとシャーロックは、この単純な事実を受け入れることができなかった。モリアーティに対する証拠を集めて彼を一大首謀者に祭り上げてしまったのだ。『恐怖の谷』でマクドナルド警部が「我々CIDでは、この教授についてホームズさんは少し思い込みが過ぎるのではないかと思っているのですが」と言ったのは、正しかったのかも知れない。(『シャーロック・ホームズ伝』第4章より)

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