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2014年4月 8日 (火)

モリアーティの正体(3)

 一八八七年中葉には、レセップス事件での奮闘も終わっていた。ホームズは世界を揺るがしかねないさらに大きな犯罪に取り組むことになる。ウォルター・バジョットによれば、英国人は「社会の演劇化を好む。荘厳な儀式、偉人や美人の行列、富と歓楽の奇観が誇示され、英国人はこれに引きつけられる。……劇のクライマックスは女王である」。ヴィクトリア女王の即位五十年祭は、まさにこの言葉が当てはまる行事だった。しかし、ホームズがいなかったとすれば、五十年祭は混乱と悲劇に終わっていただろう。モリアーティ一味がこの日に恐ろしいテロを企んでいたことは明らかだ。女王の命を狙う企ては、これまでにも何度かあった。ヴィクトリア女王の治世には数々の暗殺未遂事件があった。犯人のほとんどは大逆罪には問われず、精神病院に監禁されることになった。一八七二年には英国のアイルランド支配への抗議を動機とした未遂事件があった。チャーティスト運動の指導者ファーガス・オコーナーの親戚で十七歳の男が、バッキンガム宮殿の前で馬車から降りた女王にピストルを向けた。しかし、このピストルには弾が込められていなかった。オコーナー青年は直ちに取り押さえられた。裁判では、犯人は自分の動機はフィニアン団の囚人の窮状に注目を促すことにあったと述べた。それなりに筋の通った動機であったが、犯人は精神異常であるとされた。
 一八八二年にはウィンザー駅での事件があった。ロデリック・マクリーンという青年が馬車に乗っている女王をピストルで撃った。弾は当たらなかった。女王は後になるまで気がつかなかった。銃声を機関車の音だと思っていたという。マクリーンはすでに精神病院に入院歴があり、レディングで行われた裁判では直ちに別の病院への入院の措置が取られた。しかし五十年祭の暗殺計画は、これまでの狂気の若者による未遂事件とは比べものにならなかった。
 一八八七年七月二十一日の行進は、バッキンガム宮殿を出てウェストミンスター大聖堂までロンドンを横断し帰って来ることになっていた。当日、ロンドンは快晴で、青空に太陽が輝いていた。街路の光景はこれまでに誰も見たことがないものだった。ある観察者は「テムズ川が正午の強い日を受けて絶えずきらめきながらロンドンを貫いて流れる」さまを書き留めている。インド陸軍護衛兵のサーベルと勲章、馬飾りと武具が輝いた。

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  しかし、この華々しい行列を狙っている者がいた。モリアーティの雇った暗殺者たちである。ホームズの警告を受けて、当局は前月にタイムズ紙の記事の形で、暗殺計画は察知しているという暗号通信を送っていた。モリアーティに対して見抜いているぞという警告を与えようとしたのだ。しかし倨傲なモリアーティには何の効果もなかった。彼は暗殺計画を予定通り進めた。
 計画は大胆なほど単純なものだった。国家元首が厳重に警備されている現代では、十九世紀には王侯がいかに危険にさらされていたかは理解しがたいだろう。ヴィクトリア女王がウェストミンスター大聖堂の前で馬車から降りるとき、数分間は群衆に全身を晒すことになった。モリアーティは、暗殺には爆弾が使われると警察当局が信じることに賭けていた。一八八〇年代を通じてロンドンではフィニアン団による爆弾事件が多発したから、こう信じるのは自然であった。当局が大聖堂とその周辺を綿密に捜査するのは、モリアーティとしては平気だった。彼は爆弾を使うつもりはなかった。最新型のレベル銃(無煙火薬を使う世界初の小銃)を持った狙撃手を二人配置しておくのが彼の計画だった。狙撃手の一人は、言うまでもなくセバスチャン・モラン大佐であった。
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  モランは、この伝記ではもっと後にも出てくるが、ペルシャ派遣英国公使だったサー・オーガスタス・モランの息子として一八四〇年に生まれ、イートンとオックスフォードで教育された。彼は数年前にインド陸軍を退役してロンドンに戻ってきたときにモリアーティの一味に加えられた。モラン家はアイルランド系であったが、彼の動機は金だけだった。一八八七年七月の五十年祭の日には、モランと共犯一名がレベル銃で武装してウェストミンスター大聖堂の向かいにある王立水族館の二階に潜んだ。王立水族館は単なる水族館ではなかった。一八七六年に建てられたこの施設には魚の水槽だけではなく、スケートリンク、図書室、劇場、美術室などもあった。モリアーティの目的には好都合なことに、正面の二階の窓から女王の馬車が見通せた。
 五十年祭の日が明けたとき、女王暗殺の企てに爆弾が使われるとは信じていない者はホームズだけだった。モリアーティと手下の間の暗号通信は傍受されていたが、解読されないものも残っていた。そのうち一通には、謎の単語が四度現れたが、ホームズも解読できなかった。七月二十一日の朝になって、ホームズはようやく意味が分かった。謎の単語は「水族館」であった。ホームズはすぐにモリアーティの計画を見破ったので、ワトソンとともにレストレイドが急いで集めた巡査を連れて、王立水族館を急襲した。女王の馬車はもう出発していた。暗殺者は不意を突かれた。モランは水族館の入り組んだ廊下や部屋を伝って警察の手を逃れたが、共犯は逮捕された。当局はモリアーティの組織について貴重な情報をこの男から得ることを期待したが、そうはならなかった。彼はペントヴィル監獄に留置されたが、独房で喉を切り裂かれているのが発見された。この男の正体は未だに分からない。
(『シャーロック・ホームズ伝』第5章より)

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コメント

「シャーロック」3の放送が始まる本日、 http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20140524 のブログで(1)~(3)を要約紹介させてもらいました。

投稿: Gryphon | 2014年5月24日 (土) 08時31分

ありがとうございます。どこかに売り込みたいと思っておるのですが、むつかしい。

投稿: 三十郎 | 2014年8月 9日 (土) 15時09分

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