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2014年9月 1日 (月)

ドイツ人の砂糖王など

≪三破風観≫事件の冒頭は、巨漢の黒人男性がベイカー街221Bの居間に殴り込みをかけるシーンで始まりますが、冒頭でのいささか黒人蔑視とも言えるホームズの発言に眉をひそめる読者もいるようです。
 この派手な登場シーンと派手な服装でホームズとワトソンを驚かせた黒人男性のスティーブ・ディキシーは英国生まれかもしれませんが、先祖たちはどこから来たのでしょう。英国の奴隷はアフリカから新大陸に連れて行かれ、農園などで働かされているので、本土では目にすることはあまりありません。
 16世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパ人によって1000万人以上のアフリカ黒人が奴隷として新大陸に連れて行かれとされます。なかでも英国による「三角貿易」の犠牲者が多いようです。

 連れて行かれたアフリカ人は主に英国系の砂糖の大農場で働かされたのですが、川北稔著『砂糖の世界史』によれば「砂糖商人の多くは、イギリスに住み着いて、イギリスの上流階級、いわゆるジェントルマン階級の人間として、暮らすようにさえなりました。産業革命がまずイギリスに起こったのも、奴隷や砂糖の商人の富の力によるのだ、と主張する意見もあるくらいです」とあります。このような非人道的な行為がなぜ問題にならなかったのかが不思議ですが、英国に住み着いた砂糖商人たちはジョージ3世(在位1760年-1820年)が驚くような贅沢な生活をしていたと言うだけでなく、一時期は自分たちの仲間の国会議員を40人以上も抱え、政治の世界で大きな発言力を持っていたので、「奴隷交易」が問題にされなかったようです。( pp.107,108 )

(ドイツは寒冷地作物である砂糖だいこん(甜菜)を使った砂糖生産を始め)、1860年代には砂糖の輸入国から輸出国に転換したのです。砂糖の大増産時代に事業を行い巨万の富を得たのが「つれない美女」のイザドラ・クラインの亡き夫、「ドイツ人の砂糖王」と言われた老クラインです。
 三破風館事件は人気のない作品ですが、「世界商品」として世界を変えた「砂糖」から見ると、砂糖きびから砂糖を作らされたアフリカ系黒人奴隷の末裔と、甜菜糖によって巨万の富を得たドイツ男性の未亡人が、世界で砂糖の消費が一番である英国のメイドを仲介人として結びついた事件なのがとても興味深いです。(p.p 108, 109 )

 どうも、すごいですね。シャーロキアンとしてうらやましい。世界商品としての砂糖か。これは自分が書くべきだったと思った。
 ところが、ずっと見てゆくと、158ページに白いウェディングドレスを着た関矢悦子さんの著者近影が出ている。これはとうてい真似できない。白いウェディングドレスは1840年2月10日にヴィクトリア女王がアルバート公との結婚式にはじめて着たのを下々が真似して広まったのだそうだ。

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 初めから読み直してみると、特に「ヴィクトリア朝英国の食卓」についての記述は微に入り細をうがち研究が行き届いて脱帽するしかない出来栄えである。
  敢えて望蜀の感を言えば、正典の引用に日暮雅通訳を使っておられることである。延原謙以来の翻訳には誤訳が多々残っているのは私が指摘してきたことである。『バスカヴィル家の犬』の登場人物をチャールズ卿、ヘンリー卿とするのは間違いで、サー・チャールズ、サー・ヘンリーでなければならない。
 関矢さんは『サミュエル・ピープスの日記』という珍しい文献を誤訳をただしつつ引用しておれるのに。肝心の正典はご自分で翻訳されるべきであった。日暮訳では、「日暮れてまさに道遠し」である。

 日本では、公家は「定家卿」「俊成卿」などという。武家は「信長公」「頼朝公」「清正公」である。オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレー』にはヘンリー卿が出てくるが、原文がLord Henryである。ファーストネームにLordをつけて呼ぶこともあるらしい。バックウォーター卿やソルタイヤ卿は、ファーストネームではあるまい。Lordをつけて呼ぶための名前である。「定家卿」や「頼朝公」は歴史的人物を論じるための言い方である。「頼朝公十三歳のみぎりのしゃれこうべ」など、江戸時代にできたのではあるまいか。家来が「信長公」と呼びかけたりしてはお手討ちになる。「信長公記(しんちょうこうき)」は史書である。細川護煕氏の祖先は「清正公(せいしょうこう)様」の位牌を先頭に立てて熊本にお国入りし、人心収攬をはかったという。
 
 

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コメント

関屋悦子(誤)→関矢悦子(正)

投稿: ジョン・スミス | 2014年5月 7日 (水) 09時24分

>『バスカヴィル家の犬』の登場人物をチャールズ卿、ヘンリー卿とするのは間違い

これは間違い。サー・チャーチルもチャーチル卿も正しい。国語辞典を参照すること。

>日本では、公家は「定家卿」「俊成卿」などという。武家は「信長公」「頼朝公」「清正公」である。

これも大間違い。『大鏡』などの古典を参照すること。

投稿: ジョン・スミス | 2014年5月 9日 (金) 13時33分

広辞苑にそういうことが書いてあるけれど、これは辞書が間違っている。よい子の皆さんは辞書を直しておいてください。Sir ChurchilともLord Churchillとも、英語では言わない。Sir Winstonである。従ってチャーチル卿、サー・チャーチルなどとは言わない。卿とサーの混同については、だいぶ前に『英語青年』に記事が出たはず。
日本語では三位以上に卿と呼ばれる資格がある。源三位頼政も源頼朝も三位以上だから頼朝卿という呼称は成立したかもしれないが、武家側で避けたはず。大鏡は見てませんが。
 詳しくは、私が「コナン・ドイル卿?」という記事を書いているのでご覧ください。辞書を盲信するなかれ。

投稿: 三十郎 | 2014年5月10日 (土) 06時29分

呼ぶも何も、諱で人を呼んだりしません。

投稿: 小谷野敦 | 2014年10月13日 (月) 21時26分

小谷野さんのおっしゃるとおり。もっと低いレベルで書いたのです。テレビでは「信長様」「義経様」「吉宗様」などと言っているので。

投稿: 三十郎 | 2014年10月13日 (月) 21時38分

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